第1話 義妹と隕石と異世界転移
東京都内でも有名な進学校に、俺はこの春から入学した。
ごく普通の――いや、自分で言うのもなんだが、そこそこ優秀な高校生である。
テストで赤点を取ったことはないし、特別モテた記憶もない。
中学時代はひたすら受験勉強に励んできた。そのおかげで、高校生活は少し余裕をもってスタートできる――はず、だったのだが。
現実ってやつは、いつだって理想をぶち壊してくる。
「にーちゃーん!! 朝だよー!! 遅刻だよー!! 起きろー!!」
バタンと勢いよくドアを開けて突っ込んできたのは、義妹の莉乃。
親の再婚で突然できた義理の妹で、俺より二歳下の中学二年生だ。
なぜか毎朝ハイテンションで俺の部屋に乗り込んできては、ベッドにダイブしてきたり、冷蔵庫のプリンを勝手に食ったり、妙に俺に懐いてくる。
静かで平穏な朝を過ごしたい俺にとっては、迷惑この上ない存在である。
「……あーもう、わかったよ。うるさいな、朝っぱらから……」
「にーちゃん、ごはん行こっ!」
「ちょ、引っ張んなって……!」
今日も、朝から俺の体力ゲージは半分近く削られた。
食事と身支度を終えた俺が玄関を出ると、なぜか莉乃がぴったり後ろについてきた。
「ついてこなくていいだろ、中学と高校は別なんだから」
「えへへ、でも一緒に登校したいじゃん?」
その屈託のない笑顔に、完全に背を向けることもできず、結局俺たちは同じ道を歩いていた。
桜が咲き誇り、春の風が心地いい。平和そのものの朝。
……そのはずだった。
「……ん?」
空に、黒い点のような何かが見える。
足元を見ると、何かアートのようなものを踏んでいた。
目を凝らす間もなく、それは音を立てて火球へと姿を変え。こちらに向かって落ちてきた。
「……ッ」
動けない。足がすくんで、ただ見上げるしかない。
「にーちゃん、危ないっ!!」
莉乃の叫びとともに、俺の身体は後ろから強く押され、俺たちは隕石とぶつかった。
でも、痛みはなかった。視界が白く染まり、思考だけが妙に冷静に回っていた。
(……あれ? 俺、今……死んだ?)
不思議なことに、莉乃も俺も、まるで怪我一つしていなかった気がした。
そのまま意識が遠のいて、気づけば、そこは別の場所だった。
「……あら、目を覚ましたのじゃな?」
耳に届いたのは、どこか浮世離れした、澄んだ女の声。
ゆっくりと瞼を開けると、目の前にいたのは黒髪を結い上げ、豪華な紅の着物を纏った、美しい和装の女性だった。
見た目は二十代前半くらい。でも、その眼差しは年齢の想像を拒むような深さを持っている。
「わらわは“神”じゃ。この世界を見守り、調律する者…… ふふ、おぬしらのような者が来るのを待っておったぞ」
ここは……畳の上に座卓。背景は黒一色の闇。なのに座敷だけが、ぽつんと浮かぶように存在している。
どういう理屈で和室が存在しているのか、不思議で仕方ない。
それに彼女は神と言った。
よくあるファンタジー作品だと、髭の生えた老人みたいなイメージだが、まさかのソシャゲとかでよくある美少女タイプなのかよ。
「……はい??」
状況が理解できず、とりあえず目をこすって、つねってみる。
……痛い。夢じゃないらしい。
「とりあえず、話でもしようかの。そこの娘も一緒に、な」
神が指差した先に、莉乃が静かに倒れていた。
無事そうでホッとしたものの、お前も巻き込まれてんのか……と、俺は思わず頭を抱えた。
仕方なく、俺は莉乃を抱え起こして座布団に座り、彼女を隣に寝かせる。
「とりあえず、名前はなんじゃ??」
「西條湊……」
「湊、いい名じゃな」
「ど、どうも…… ところで貴方は……」
「わらわの名か?? 神じゃ」
「??」
(なんなのこの人、話通じねぇ……)
「……いや、神って言われても、もうちょっとこう…… イザナミみたいな、固有の名前とか……ないの?」
俺が困惑しながらそう尋ねると、神様は、ふふんと小さく鼻で笑った。
「ふむ。名前など、必要な者にだけ教えるものじゃ。わらわの正体を知らねばならぬほど、おぬしは重要な存在なのかえ?」
「……そっすか」
(なんだこの妙に煽ってくる系の神様は…… 絶妙に腹立つな……)
俺が頭を抱えていると、ようやく隣で莉乃が目を覚ました。
「……んぅ、にーちゃん?? ここどこ……?? あれ、なんか変な格好したお姉さんいるんだけど……」
「あ、起きたか。よかった……」
「おぬしら、異界から召喚された者じゃ。まあ、細かい理屈は後でよい。まずは、スキルの付与じゃな」
「あのな、ちょっと待って…… 1から説明してくれ頼む……」
俺の問いに、神様は扇子を開いてパタパタと仰ぎながら、答えた。
「そういえば説明はまだだったのう、ここは“ エリュザリア”かつて栄えし王国も今は魔王の支配下にあり、人々は恐怖の中で暮らしておる」
「……マジで異世界なのかよ」
神様はうんうんと頷きながら、さらに説明を続けた。
「この世界には“冒険者”という者たちがおってな、日々モンスターを倒し、ダンジョンを巡り、魔王討伐を目指しておる」
「うわ、テンプレ中のテンプレじゃん……」
「ただし、すべての者が戦えるわけではない。生まれつき“スキル”を持つ者は、ごくごく一部。スキルを持たぬ者は、平民として地味に働くか、無謀な冒険で命を落とすのが常よ」
「……で、そのごく一部に、俺が選ばれたってことか?」
神様は、隣でまだぽけっとしている莉乃をちらりと見やる。
「おまけって……莉乃のことか?」
「その通り、元々は、お主だけ飛ばす予定だったのだがのう」
「目的はなんだ?? 世界を救うためか??」
「いや、単純に人間観察じゃ 転生者の方が面白そうと思わんか??」
「俺を選んだ理由は?? よくある能力適正値がとか、血統がとか……??」
「いや、単純にあらかじめマーキングしてたとこを踏んだからじゃ」
「……」
自分に秘められた力があるのかと、ちょっとは期待したがどうやら無いらしい。
「まあまあ。妹がそばにおるほうが、心の支えにもなるじゃろう??」
「いや、むしろ胃がもたれるんだが……」
俺がぐっと頭を抱える横で、莉乃はなぜか嬉しそうに「わーい!! にーちゃんと異世界デートだ~♪」と喜んでいる。おい、状況理解してるのかお前。
「……それで、俺に授けられるスキルって、何なんだ?」
半ば諦めのような口調で尋ねると、神様は扇子を閉じ、俺をじっと見据えた。
「おぬしに授けるスキルはその名も、《創造》じゃ」
「……《創造》?」
その言葉に、何かとんでもない響きを感じつつも、詳細は一切語られない。俺が食い下がろうとするより早く、神様は楽しそうに微笑んだ。
「ふふ…… それがどんな力かは、おぬし自身の目で確かめるとよい」
「ちょ、マジか……説明くらいくれても……」
「一言で説明するなら、おぬしの想像が及ぶ限り、何でも作れる……が、それなりの代償は必要じゃかのう」
なんか最後に不穏なこと言わなかったか?? いや、聞き流そう。絶対ろくでもない。聞かなきゃ良かった。
「では、準備はよいな??」
神様が手をかざすと、俺たちの足元に淡い光の紋様が広がり始めた。
「おぬしたちには、エリュザリアの運命を左右する役目がある……とはいえ、最初は雑魚モンスター相手に右往左往じゃろうな。くく、楽しみにしておるぞ」
「……それ、絶対楽しんでるだろ……」
抗議の声もむなしく、世界が光に包まれていく。
「にーちゃーん!! 転移ってワープみたいなやつ!? ちゃんと着地できるかな!? あたしスカートなんだけどー!!」
「いや、そんなテンションで来るな!! お前ほんとに状況わかって……」
俺の言葉は、眩い光に掻き消された。
こうして、俺と莉乃は魔王が支配する異世界へと、放り込まれることになったのだった。
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