それは不思議にありふれて 〜第二章 【影踏】 その⑦
《 先日は、当社よりの依頼に早急なご対応をいただきまして、誠にありがとうございます。
その後、懸念されておられた現象の再発は起こっておらず、駅員一同胸を撫で下ろし心安らかに業務に励んでおります。
本日、ご連絡差し上げましたのは、先日ご相談させていただいた件に関係しているかも知れない問い合わせがございましたので、念の為お知らせしておきたく思い、メールにてご報告いたします。
5月23日に当駅宛に添付させていただいたお手紙が郵送されてまいりました。本社と検討させていただき、宝先生にあらためてご精査願ったほうが良いのではとの判断に至り、内容をご一読いただいた上で対応の如何をご連絡願いたいと存じます。
内容の個人情報については秘させていただきますが、必要な場合は御本人様より許可を頂いた上でお知らせしたいと考えておりますので、その際は御一報頂けますようお願い致します。
ご多忙の折、お手数おかけすることになりまして誠に恐縮ではございますが、
何卒、ご対応の程よろしくお願い致します。 》
猫柳高校の科学準備室では、猫柳神社先代宮司である宝先生のお父様から頂いた、名店京疋屋のフルーツゼリーで今まさに一息つこうという所だった。
コーヒーを淹れるまでの手の空いた時間に、何の気無しにチェックしたメールの中に、先日お祓いの依頼に対応した蝶ヶ崎駅の駅長さんからのメールがあった。
宝先生と千比呂と里緒の3人は、
コーヒーメーカーから立ち昇る芳醇な香りと、そのメールが醸し出す不穏な空気に包まれて、
しばし無言でノートパソコンのモニターを見つめていた。
「添付ファイルを開いてみてくれないか?」
宝先生が眼鏡だけを光らせながら、感情の消えた表情で言った。
千比呂は、ノートパソコンのカーソルを動かし添付ファイルをクリックし、
表示されたファイルを開くの選択肢を選んだ。
画面やや右寄りにスキャニングされたPDFファイル型式で手書きの便箋が2枚表示された。
《 いつも快適に駅を利用させていただき、駅員の皆さんの丁寧なお仕事振りに感謝いたしております。
この度お手紙をさせていただきましたのは、息子の事についてです。
小学6年になる息子は、3ヶ月ほど前に中央公園で転倒し、頭を打って意識不明となり、つい先日まで湘央総合病院へ入院しておりました。
とはいうものの怪我の具合は大したこと無く、すぐに完治したのですが、原因もわからぬまま意識だけが戻らない植物人間のようになっておりました。
それが、5月11日の土曜日午前2時頃に急に目を醒ましたのです。
私共も病院の皆様も大いに喜びました。一通りの検査でも問題は無く、無事退院となりました。
しかし、それ以来息子が変な事を言うようになったのです。
息子の話では、意識を失っている間、左手の無い傷だらけのお兄ちゃんと呼ばれる化物に捕まって、蝶ヶ崎駅の線路の中でずっと影踏み遊びをさせられていたのだそうです。
息子の他にも何人もの子供達がいて、化物に捕まると食べられ、真っ暗な中でひどく苦しい思いをして、しばらくすると、また線路の上に戻され追いかけられるのだそうです。
ただし、化物の影を踏むと解放されるのだと、他の子から聞いたそうです。
それが息子にはそうなると二度とこの世に戻って来られないように感じて、ただ必死に逃げ惑うだけだったと泣きながら話しておりました。
では、どうして戻って来れたのかたずねると、駅の作業員のお姉ちゃんが代わりに化物の影を踏んでくれたからと言うのです。
あまりの、突拍子もない話に私共も夢でも見たのではないかと思っているのですが、あまりにも真剣な顔で訴えてくる息子の姿を見ていると放っておけなくなり、大変失礼とは思うのですが、そちらの駅で似たような話をされたり、その女性の作業員の方にお心あたりなど無いかと思いお手紙を書かせていただきました。
ご多忙の折、誠に申し訳ございません。
どうか、ご返答頂けますようお願いします。
(黒塗りで差出人の住所と氏名)
(黒塗りで電話番号とメールアドレス) 》
画像の文書を小声で音読しながら里緒は、
若いお母さんなんだろうな。
とキレイに並んだ丸文字を見てなんとなく思った。
里緒の読み上げが終わると宝先生は顎に手を当て暫く考え込むように黙りこんでいる。
「これ、この間のことだよね…… 作業服のお姉ちゃんって……
わたしっ!?」
千比呂が素っ頓狂な声を出す。
「どうするんですか? これ」
里緒が首だけ振り向いて宝先生を見上げると、
そこには不敵な笑みを浮かべて眼鏡をギラつかせた真っ直ぐな姿勢の化学教師が、
その銀色のフレームを中指で押し上げていた。
「実に面白いっ!!」
うわぁ…… とうとう言っちゃったよこの先生。
千比呂は白い目を向けた。
あまりにも符合する点が多かった為、話を聞いてみたいと、
大多駅長宛にメールを送ると、30分ほどで返事が来た。
あれよあれよと話は進み、それぞれ2杯目のコーヒーを飲み終える頃には、
明日の夕方5時に蝶ヶ崎駅の駅ビルはルスカ6階の文化教室の空き教室で話を聞く事になった。
相談者の名前は大木千代子さんと息子のまさる君。
立会に大多駅長と、今回の件を仲介した市役所観光課の神内課長が同席することになった。
「…… ということだから明日は学校が終わったら、私の車で一緒に行こう」
そこに拒否権なぞ無い宝先生の提案を、虚空を見上げながら千比呂は聞いていた。
「5時かぁ…… 夕飯時かぁ…… ルスカかぁ」
念仏のように呟いている。
大体これまでの付き合いで察した先生がアメを用意した。
「了解。夕飯はご馳走するよ」
それを聞いた途端、天空より差し込む一条のジェイコブス・ラダーの輝きに包まれた殉教者の清々しさにも似た空気が千比呂をパァと包む。
「先生! わたし旋風堂のラーメンでいいですっ!」
千比呂にしては殊勝な申し出に今更騙される宝ではなかった。
「替え玉は3回までだぞ」
途端、その表情に悪魔を降臨させた千比呂が明後日の方を向きチッっと舌打ちをする。
そこに割り込むように里緒が手を挙げた。
「あたし替え玉いらないから一口餃子つけても良いですか?」
今日一番の破壊力の込められたキラキラ笑顔で可愛ぶる。
「好きにしなさい」
呆れること以外何が出来ようと言わんばかりに、宝先生は投げやりに答えた。
開けて翌日28日は生憎の雨が朝から続いていた。
午後4時には科学準備室に集まって、宝先生の車で駅ビルの駐車場に行き、
しばし空車待ちの列に並んでから停車をすると、時間は午後4時40分を回る所だった。
午後5時の待ち合わせのタイミング的にはちょうど良い頃合いだ。
地下駐車場からエレベーターに乗り6階まで上がる。
途中買い物客が乗り降りし頻繁にエレベーターが停まるので、
里緒は少しじれた。
6階に到着しドアが開くと、サンルーム状に備え付けられたガラス張りの壁一面に、雨が水の膜を作って流れて落ちるのが見える。
話というのがどれ程かかるかわからないので、
とりあえずトイレを済ましてから3人は文化ホールへ向かった。
文化ホールの受付前へ到着した時、
ちょうど通路奥の喫煙所から大多駅長と神内課長がでてくる所だった。
「やあ、どうもこんにちは。
足元の悪い中わざわざ起こしいただいてすみません。
今日はよろしくお願いします」
神内課長が朗らかに手をあげて声をかけてきた。
とても良く陽に焼けた健康そうな顔に、市役所の制服でもある青いアロハシャツが引き締まった身体によく似合っていた。
趣味でサーフィンを若い頃からやっていて昔は地元の大会でも優勝したことのある腕前だそうだ。
一見すると、遊び人のようにも見えるが、40手前で課長さんということは、なかなか仕事も出来るのだろう。
実際、観光案内所に納品するお守りの数で千比呂が発注ミスを起こしかけた時、いち早く誤りを見つけて教えてくれて、大事に至らずに済んだこともあった。
その件以来、神内課長に寄せる千比呂の信頼は厚いようで、今も神内の呼びかけに満面の笑みを浮かべて、頭の上で大きく手を振り返している。
千比呂のリアクションに、神内の隣にいた大多駅長も全身で飛び上がりながら千比呂に両手を振って存在をアピールしてくる。
それを見て、急に恥ずかしくなったのか周囲に視線を泳がせながら、千比呂は愛想笑いで胸元で小さく手を振るだけに縮こまった。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
丁寧に頭を下げる宝先生の横で、里緒も同じようにお辞儀をするが、目の端で千比呂の様子を気にしていた。
縮みきった千比呂は、顔を真赤にモジモジしている。
照れた千比呂の反応が大多駅長の心の琴線をかき鳴らしたのか、動きはますますヒートアップして行き、
今や出来損ないのムーンウォークでグルグル回りながらマイケル・ジャクソン張りの決め顔を投げてきている。
さすがに神内課長に笑いながら止められてた。
元気だな。中年。
里緒は、無言でエールを贈った。
そして、今度ヲタ芸の動画を大多駅長に見せてやろうと心に決めた。
文化ホールの受付で利用者欄に記名をすると、一同はROOM3と書かれた札の立つ部屋を目指して歩いた。
「大木さん親子は、もういらしてるようですね」
宝先生の言葉に大多が答えた。
「私もメールでお伝えした以上の事は伺っていないのですが、電話でお話した限りだと、お母さんの方がとても心配されてるようでした。私共もこういうお話は門外漢なものですから、勝手がわからないので今日は先生。
どうかひとつしっかりお話を聴いてご判断ください」
「わかりました」
自分にまかせておけば万事大丈夫と言わんばかりの自身に満ちた表情で答える宝先生に、大多駅長はいたく関心したようだった。
部屋の前に着くと大多駅長がノックをして扉を開く。
18畳程の縦長なスペースに、既に文化ホールの職員さんによって
対面式にテーブルが並べられていた。
普段はカルチャー講座の教室や、会議室として貸し出されている部屋である。
外の屋上庭園が見えるように大きな窓が取り付けられているが、今はブラインドが下りて外は見えなかった。
その窓に背を向ける形で母子がふたり並んで座っている。
大多駅長の姿が見えると母親は立ち上がり緊張気味に頭を下げたが、男の子の方は猫背気味に座ったまま携帯ゲーム機に向けた視線を上げることはなかった。
大多駅長が母親の正面に立ち、神内課長、宝先生、里緒、千比呂の順で並んだ。
大人達が名刺を差し出すと、母親はいちいち丁寧にお辞儀をして受け取る。
中でも宝先生の名刺を受け取った時、少し驚いたような顔をした。
「高校の先生で神主さんなんですか?」
何度もその反応を見てきている先生は簡単に、
「はい」
とだけ微笑みを添えて答えてから、
「このふたりは、私の手伝いをしてもらっている生徒です」
ついでのように里緒と千比呂を紹介した。
名刺を持っていない女子高生ふたりは、ただ黙ってお辞儀をした。
その間も、少年はゲーム機の画面から目を離すことはなかった。
思ってたのとは違うなぁ。
里緒は、想像していたのとは違った少年の姿を眺めた。
あの怪物に捕まって、奇跡の生還を遂げたであろうにしては、やたらと暗い印象で、
そのやせ細った小学6年と聞いていた割りには小さな身体にも違和感を覚えた。
なにより、まとってる雰囲気が煤けている。
誰も信用できないと、疑心が暗鬼を呼んでまとわりついているように見えた。
「ゲームを止めなさい」
たまりかねた母親の小声の叱責にも耳を貸す風ではなかった。
焦った母親が、聞かれもしないのに話しだした。
「すみません。わたくし中央公園の脇のマンションに済んでいる大木と申します。
この子は、まさると言いまして、小学6年生です。
お手紙に書かせていただいたように、最近目を醒まして退院してきたんですが、不思議なことばかり言うようになりまして……
それを、ご近所の新興宗教に入られてる方が耳にしたようで、拝み屋をやってるという教祖と名乗る人を連れて連日押しかけてきてまして……
もちろん、何度も断ったんですけどしつこくて。
とうとう、学校帰りのこの子を待ち伏せして連れて行こうとしていたのを、ご近所の方が見つけて警察沙汰になったりなどしたものですから、すっかり人が怖くなってしまって……
以前は、こんな感じではなかったのですけど……」
五月雨式に語るうちに、母親は泣き出してしまっている。
「それは、誠に大変な思いをされましたね…… 何かあればすぐに市役所の相談窓口に仰ってください。
いろいろご対応出来ることもありますから」
神内課長が優しく慰め、市民祭りの広告の入ったポケットティッシュを取り出す。
無言で頷くように頭を下げながら、ポケットティッシュで涙を拭うと、大木さんはついでに鼻をかんだ。
思春期の子供からすると軽蔑されそうな親の所作にも、少年が反応することはなかった。
この子供からどうやって話しを引き出そうかと、その場にいる千比呂を除く全員が頭をグルグル巡らせている時、千比呂は昔の事を思い出していた。
周囲から特別な目で見られ、近づいてくる大人は自分を利用しようと企み、碌に話したこともない人々が良いこと悪いこと有ること無いこと噂して、孤立していく自分をどうすることも出来ず。
ただ、味方といえば家族だけだった陸上から身を引こうと決めたあの頃の自分に、
この子はよく似てる。
違う所といえば、わたしには里緒がいてくれた。
落ち込み殻にこもりそうなわたしに里緒がしてくれたこと……
あれでわたしは救われたんだった。
この子に里緒は居るのかな?
わたし、
この子の里緒になれるかな?
スカートのポケットからスニッカーズを1本取り出し、少年の目の前に置いて精一杯の笑顔を捧げた。
あの日、里緒が千比呂にそうしたように。
急にゲーム機と顔の間に手を差し出されてお菓子を押し付けられた少年はびっくりして不服そうにその手の持ち主を見た。
おでこ丸出しの元気そうな、
制服を着た女子高生のお姉さんが笑っている。
何処かで見た顔。
「あ〜〜〜っ!!」
少年は突然声をあげ、ゲーム機を放り出して千比呂を指さした。
全員の視線が千比呂に集まる。
「あの時助けてくれたお姉ちゃんだっ!!」
それまでの鬱々とした表情から一変し、
キラキラと輝く瞳を千比呂に注ぐ。
何が起きたか理解出来ない千比呂は、笑顔のままでひきつった。
「あの時はありがとうございました!
俺、大木まさるといいます。おかげで俺、生き返れましたっ!!」
勢いよく立ち上がると、まさる君はその場でバネじかけの人形のように思いっきりお辞儀をした。
「お、おう。まさる君…… 元気そうで良かったね」
気圧された千比呂が、言葉に詰まりながら応えた。
「はい!! 会いたかったです!
俺、絶対お礼言わなくちゃって思ってました!!」
瞳を涙で潤ませながら、まさる君は元気を爆発させてお礼の言葉を続けた。
「案外、あっさり天の岩戸が開いたな」
宝先生が関心しながら見てる。
「裸踊りする前にスニッカーズで済んで良かったね」
傍観者の感想をもって里緒が笑ってる。
「やっぱり、千比呂ちゃんの事だったか」
大多駅長が、どさくさに紛れて千比呂ちゃん呼びになってる。
まさる君のお母さんは、久しぶりに見た元気な息子の様子に大号泣で、貰ったポケットティッシュを次から次にビシャビシャに濡らしていた。
まさる君が心を開いてからは、話が早かった。
何しろここには、肩書に長がつく者がふたりと先生と呼ばれる者がいる。
備え付けの内線電話で大多駅長が受付のお姉さんに頼んで買ってきて貰った飲み物で一同は喉を潤しながら、質疑応答は開始された。
「すみません。ここからの会話は、録音させてもらいます」
そう言うと、大多駅長はポケットレコーダーを取り出して、録音ボタンを押して机の上に置いた。
「それで、そのお兄ちゃんというのは一体なにがしたいんだい?」
斎事係との付き合いは千比呂たちより長い為、
不可思議な事態に対する抵抗力がすっかりついてしまった神内課長が、まさる君に尋ねる。
「わかんないです。気がついたら逃げ出せなくなってて、ひたすら影踏み遊びをさせられるだけでした」
神内課長の質問に然程緊張する風でもなく、まさる君はスラスラと答えた。
目線はチラチラと時折、千比呂に向けられている。
詰問する風でもなく、かといって砕けすぎず。神内課長のまとってる雰囲気はとても柔らかく、且つ真摯な対応を返さなければならない気持ちにさせる。
表情は穏やかだが、決して笑っている訳では無い。
表情筋の使い方が絶妙なんだなと思わせる佇まいは、職場の長として培ってきたスキルなのだろう。
「どうして逃げ出せなかったんだい?」
ゆっくりと物腰の柔らかな耳障りの良い低音で、神内課長は質問を重ねた。
「俺がんばったんです。がんばったんですけど。
線路から出ようとしたら見えない壁みたいなのが邪魔して、そこから先へは行けませんでした」
目線を上にその時の事を思い出しながら、まさる君は少し考え込んだ。
「昼も夜もただ影踏み遊びをしていたのかな?」
そう尋ねる宝先生の口調はいつもより優しいが、初めて聞く子供にはまだ少しきついんじゃないかと里緒は思った。
宝先生にまっすぐに目を向けながらまさる君は答えた。
「夜だけです。
太陽が登る前に、黒い煙に包まれて、俺達みんなその中から出られなくなるんです」
その時のことを思い出したのか、まさる君は身震いをした。
「黒い煙って?」
宝先生の眼鏡が光る。
「わかんないです。いつも突然その場にバァって広がって、俺達全員包むとギュウって縮まって、俺達全員潰されて、人の形じゃいられなくなって、小さい玉にされちゃうんです」
手振りを大きく広げたり、ギュッと身を縮みこませたり全身を使って、自分でも理解不能だった出来事を伝えようと一生懸命説明してくれる。
質問の方向が専門的になってきた事を察して、神内課長は宝先生にその場を譲ったと言うように椅子の背もたれに身体を預けた。
その動きで察したかのように宝先生もゆっくりと丁寧な物言いに口調を変えて、質問を続けた。
「俺達って事は、他にも捕まってる子がいたのかな?
何人ぐらい、どんな子達がいたんだろう?」
宝先生は優しく質問に微笑みを添えた。
しかし、答えの内容によっては一大事に発展しかねない事も容易に予想がついた為か、
大多駅長はメモを取るペンを握る手に思わず力が入った。
「いろんな格好した子がいたよ。
戦争の時みたいな格好した子もいたし、着物を着た子もいました。
大怪我して頭から血を流してたり、手足が無かったり、包帯でグルグル巻になってたり、身体にタイヤの跡がついてる子もいたし、ゾンビみたいな見た目が酷いのもいたよ。
みんな俺と同じくらいか小さい子でした。
全部で20人くらいいたんじゃないかな」
思い出しながら、他の子の凄惨な姿を思い出してしまったのだろう、時々言葉に詰まりながらも頑張って話してくれる。
まさる君の証言を聞いて、宝先生は里緒に視線を送った。
その視線に答えるように里緒が口を開く。
「あたしがツインウェイブで見た子達とおんなじですね。その時の人数はその半分くらいだったかと思います」
里緒の言葉に宝先生は頷く。
「お兄ちゃんの中に捕まっている子達もいたから、影踏みさせられてるのはそのくらいだったはずです」
言葉を足すように付け加えるまさる君の視線は里緒を捉えている。答える声は驚きと、味方を見つけた喜びで弾んでいた。
「胡散臭く思われるかもしれませんが、この子は霊の姿を見ることが出来ます」
眉をひそめていた母親に、宝先生が里緒の力についてサラッと説明した。
横で、神内課長と大多駅長が深く頷きながら、
まだ不安気なお母さんにニコリと微笑む。
「そ、そうなんですか? では、こちらの方も?」
お母さんからイマイチ納得出来ない様子で千比呂を見る。
視線を向けられた千比呂は、あからさまに困った顔をしながら、
「いいえ、わたしは…… そんな…… 出来ませんから」
消え入りそうな声で否定した。
う、うんっ!
咳払いをひとつすると、話についてこれなくなっていそうな母親をよそに、宝先生は再びまさる君に向き直った。
「それで、他の子から何か話は聞けたりしたのかい?」
「玉にされてる時、話は出来ました。でも、言ってる事と全然違う事が重なって聞こえてきてよくわかんなかったです。
俺が話してても、そんな感じで伝わってるみたいでほとんど会話にならなかったんです」
自分の話が相手に理解して貰えるか、不安を抱きつつ語るまさる君の様子を見ながら、宝先生は納得するように頷いて聴いていた。
「いいかい、まさる君。
魂と会話をする時はそんな風に聞こえるんだよ。
私はね、幽霊の声を聞くことが出来るから良くわかるんだ。
魂は嘘をつけないからね。
うわべの言葉と、本心と一緒になって聞こえるんだよ。
中にはうわべの言葉しか語らない嘘つきな魂もあるけど、そんなのは滅多にいないし、
そうなるとそれはもう妖怪と呼ばれる物だからね」
宝先生が嬉しそうに肯定しながら注釈まで添えてくれると、まさる君の表情が少し晴れやかになった。
「何か、その話の中で覚えていることはある?」
少し前のめりに顔を寄せ、宝先生は質問を続けた。
「何人かの子が言っていました。
お兄ちゃんは寂しい。お兄ちゃんも捕まってるって。
意味はわかんないです。
訊いても言葉がぐちゃぐちゃになって聞き取れないんです」
まさる君の言葉に大人達は顔を見合わせ、口々にどういうことなのだろうと呟きながら、首を捻った。
「あの〜、良いですか?」
里緒が片手をあげながら言った。
「学生服のお化け…… お兄ちゃん…… ですか?
それ見た時にあたし思ったんです。
黒い影みたいな煙みたいなのがまとわりついていたんですけど、
どうもその動きが不自然だった気がします。
言われてそんな気がしたわけじゃなくって、煙が動いてお兄ちゃんってのを引っ張ってるように見えたんです」
思い出した里緒の言葉には確信が込められていた。
「お兄ちゃんってのがその煙に操られてるってこと?」
里緒の顔を覗き込むようにしながら千比呂が見上げる。
「ちひろが蹴っ飛ばしてふっ飛ばしたでしょ。
あの時、一瞬だけそこに取り残された煙が、お兄ちゃんを探すように渦を巻いてまたすぐに取りついたの。
今思うと煙自体に何か意志みたいなのがあったように思えるんだよね」
左手で千比呂のほっぺたを押し込みながら語る里緒の話を聴いて、宝先生が考え込みながらポツリと言った。
「ちょっと待ってくれ。そんな話何処かで聞いたことがあるぞ」
腕組みをし、記憶を探るように眉間にシワを寄せる宝先生にその場の視線が集まった。
ブラインドの向こうでは、
夕陽に照らされた屋上庭園がオレンジ色に染まり、
閉じられたブラインドの隙間を炎のゆらめきのように彩っていた。
時刻は18時を回った所。
永遠と錯覚してしまいそうな、暫しの静寂が部屋の中に満ちていた。
【影踏】その⑧へ続く
7話目までたどり着きました。
今回は証言聴取の回となります。
もっと後に予定している章の伏線なぞも、こっそり仕込んでおきましたので、
いつか読み返していただいて、ここでこれが生きてきたのねなどと、
お楽しみいただく日があればと願っております。
ではでは、次回は聴取の続きよりとなります。
お楽しみいただけると幸いです。
いいねや評価をいただけると、僕が喜びますので、
何卒、よろしくお願いいたします。
それでは、次回またお会いできるその時まで、皆様が健やかで幸福でありますよう。
お祈り申し上げます。
寿賀 旦