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それは不思議にありふれて 〜第二章 【影踏】 その⑥

小児病棟の新米看護師である平田安子は、この日が初めての深夜シフトだった。他に先輩看護師が2名いたが、ひとりは急な腹痛で運ばれてきた男児の救急対応に駆り出され、もうひとりは深夜の巡回に行ってしまい、ナースステーションに独り取り残される形になってしまっっていた。


若干の不安を感じながら、照明を暗く落とされた小児フロアで、入院患者の翌朝の投薬準備のダブルチェックを済ませると、日報の入力作業に勤しんでいた。


ここ湘央総合病院は、地域でも比較的大きな病院施設になる。

国道1号線の蝶ヶ崎駅前交差点の角にその一際大きな建物を構えている。元々は駅前ロータリーにあったのだが、区画整理のため中央公園脇に移転したのだが、その近隣の商業施設の取り壊しが行われることになると、その用地の買収を行い増築をし地域最大の病院施設になったのは、ほんの数年前である。


中央公園脇だけにあった時から、富裕層向けの宿泊型人間ドックを主たる収入源とし、経営的には黒字続きだった。

現在は増築に伴い救急医療や最新式の検査機器の導入に積極的に取り組み、地域の先進医療を牽引する立場になっていた。


そのため設備に不満を覚えることなく、医療従事者が不足しているようなこともない。比較的働きやすい職場環境で、なにより給与の面でも申し分なく、安子も勤務条件に不満を覚えることは無かった。


キーボードに入力する手をふと止め、壁掛けのアナログ時計で時刻を確認すると、針は午前1時45分に差し掛かる頃を示している。

何事もなければあと10分程で巡回から先輩看護師が戻ってくるだろう。

安子は両手の指を組み、うんと、事務椅子に座ったまま背伸びをした。


パキパキと肩甲骨辺りの筋が音を立ててほぐれてゆくのが心地よかった。


その時だった、耳障りな警告音とともにナースステーションのカウンター下に置かれた各病室の生命維持装置の管理モニターの画面で、6002号室の表示が青から赤に変わった。


それは、3ヶ月ほど前に転倒事故で運ばれて以来、意識不明となっている小学生の個室だった。


前頭部を強打し、意識不明となった少年は迅速かつ適切な処置を施され、傷は完治したものの運ばれてきてからずっと意識が戻らないままだった。


何度も様々な検査が繰り返され、異常は全く見当たらないにも関わらずだ。その意識だけが戻らないままに様々な管や配線を繋がれ、身体の活動を保っていた。


「大木まさる君…… だったわよね」

名前を確認すると宿直医師へ連絡を入れ、安子はナースステーションを飛び出し6002号室へと急いだ。


途中、院内携帯電話で巡回中の先輩看護師へ報告を入れると、病室で合流してくれることになった。


緊急性の乏しい患者だったため、大木まさる君の病室はナースステーションから遠く離れている。


リノリウム床の廊下をゴムの靴底で甲高く軋ませながら、何が起こったのか、思いつく限りの可能性を頭の中で検討していた。


病室に辿り着くと、閉じられた扉越しにも確認できる程のベッドサイドに置かれた管理モニターの警告音に焦りながら、ノックもせずに引き戸を開け、室内へと駆け込んだ。


「まさる君っ!!どうしましたか?!」

個室の中は、ベッドサイドモニターの上部で警報音に合わせて真っ赤に点滅する光がストロボのように照らしていた。

その横ではベッドに半身を起こした入院着姿の少年が体中に管を生やしながら天井を見上げている。


身を起こしたはずみで外れた酸素マスクが、弱々しく空気を吐きながら床に転がっていた。


その様子を眼にして一瞬背筋に悪寒が走ったが、気持ちを奮い立たせて安子は少年に走り寄るとペンライトで瞳孔の動きを確認し、手首を掴んで脈を測った。


どちらも問題はない。

「まさる君! きこえてる? まさる君?」

あらためて声をかけると、まさる君はゆっくりと安子に顔を向けた。

青白い顔の頬は痩け、やつれている。痕にはなってしまっているが額の傷だけがピンク色をしていて、生命を感じさせていた。


視線が合うと、まさる君の虚ろだった瞳が僅かに涙で潤んできた。そこに感情が戻って来るのを認め、安子はほっと肩の力が抜けた。


「まさる君。大丈夫? お姉さんの声、聞こえる?」

今度は少し優しく落ち着いて声をかけることが出来た。

まさる君は唇を震わせながら暫くの間、言葉にしようと試み、それはやっと声になった。


「お兄ちゃんは…… いない? 俺は…… 助かったの?」


「あなた達、中間テストの結果はどうだったの?」

いたずらっぽい眼で長悦子生徒会長が自分の机に両肘を着いた腕に顎を乗せたまま、千比呂と里緒に問いかけた。


蝶ヶ崎駅でのお祓いから一週間経ち、簡素なバイトの給与明細のような横長のペラペラな用紙で全校生徒に中間テストの総合成績が記載された紙が配られたのは、この学校の生徒なら誰でも知っていた。


月に一度の蛭児様の儀式用に購入した蝋燭の代金として立て替えていた領収書を精算するため訪れた生徒会室に入るや否かの問いかけに、一瞬怯んだふたりだったが、すぐに胸を張ってドヤ顔をふたつ並べて返した。


「会長〜、あたし達のこと見くびってませんか〜」

里緒がちょっと悪そうな顔をする。

「わたしはぁ、ちょおっと予想より悪かったですけどねぇ〜」

千比呂の顎が上に突き上がる。


「あら、自信満々ですこと」

会長がおおげさに驚いた顔をしてみせる。

「では、教えてくださる? 生徒会の係として、恥ずかしい成績じゃあなかったんでしょ?」

ふたりが斎事係になって初めての定期テストである。生徒会長としては、その学力に興味津々といったところだった。


「そう言う会長はどうだったんですか?」

校内の巡回から今しがた戻って来た金田が挨拶もそこそこに口を挟んだ。


「私は、今回ちょっと届かず。総合で2位だったわ。期末は1位を目指すわよ」

何とも残念そうに口を尖らせた。


「さすが、生徒会長。おみそれしました。で、君たちはどうだったんだい?」

金田が千比呂と里緒に水を向ける。


「え〜、あたし21位です」

「すみません。わたし26位です」

さっき迄のドヤ顔と打って変わって恥ずかしそうに、ふたりともモゴモゴと口ごもりながら自分の順位を発表した。


「すごいじゃない! そんなに上なら自慢して良いわよ」

身をモジリながら消え入りそうになっているふたりの成績を聞いて、会長が驚きを顕にしながら称賛の拍手を贈った。


「そうだよ、入ったばかりでその成績なら僕だったら自慢しまくっちゃうね。ちなみに僕は125位です。ごめんなさい」

演劇部の経費計算書とパソコンの画面を交互に睨みつけて、キーボードを操作しながら山形先輩が口を挟んで自虐的なオチで受けをねらってきた。


「そうなんですか」

里緒の瞳に輝きが戻る。


「山形は、もう少し英語を頑張らないとな。金田なんかこんな顔して5位だったんだぞ」

島副会長は野球部の備品購入の申請書に眼を通しつつも、山形先輩にダメ出しを行う時だけ眼鏡を攻撃的に輝かせていた。


「こんな顔ってなんだ無礼者」

金田先輩が、島副会長に笑いながら抗議をした。

その様子を遠くに春木先輩は、尊いものでも眺めるかのように幸せそうな顔でマグカップのコーヒーの香りを楽しんでいた。


「みんななかなか頑張っているわね。山形くん以外。春木さんも良かったんでしょ?」

会長がイタズラっぽく微笑みながら、春木先輩の成績を尋ねた。


急に矛先を向けられた春木先輩だったが、おさげを指先でクルクルと弄びながら、山形先輩を明らかに見下す目線で見据えて言った。

「まぁ、そうですね。い・ち・お・う! 100位以内には入ってますよ、い・ち・お・う!!」

完全に上から目線で山形先輩を捉えながらせせら笑う。


こころなしか、山形先輩のキーボードを打つ音が早く力強くなっていた。


「島先輩は何位だったんですか?」

千比呂がついでのように訊いてみた。


「ああ、こいつは中高通してずっと1位だよ。親父さんがここのOBでな、母校の東大進学率をあげるために無理矢理通わされてんだ。こいつがその気なら香北行ってもトップクラスに成れたんだろうにな」

やれやれと飽きれたような手つきで語る金田先輩の解説に千比呂が思わず口を挟んだ。


「無理矢理送り込まれたんですか? お受験ターミネーターじゃないですか!」


「無理矢理ではないけどな。変なあだ名を付けるんじゃない」

島は、ぶっきらぼうに応えた。


島と金田は同じ中学出身なのだそうで、島がその気になったら通ってたであろう香北高校というのはこの辺りで一番偏差値の高い学校で、ついこの間もそこの卒業生が国際宇宙ステーションのISSに乗っかって地球の周りをグルグル飛んでいたくらい優秀な生徒の集まる学校だった。


里緒が感心して声を出しそうになったが、島先輩を見ると全身からもっと俺を褒め讃えろと、どす黒いオーラが立ち昇っているのが見えた気がしたので、「へぇ」ぐらいにとどめた。


「皆さん、予備校とか行ってるんですか?」

里緒が話題を島副会長から逸らそうと、不意に思い浮かんだ疑問を口にした。優秀な成績を取っている人は多いけれど、生徒会の仕事で帰りが遅くなる場合も少なくないようなので、勉強の時間など皆さんどうしているのだろう?


「島くん行ってるんだっけ? 予備校」

なんだかそんな気がする的な問いかけを会長が島副会長に向けた。逸らしたつもりの話題が弧を描いてまた島に戻ってきてしまった。


「夏休みや冬休みには、定期講習に参加することもありますが、自宅で予習復習をするくらいですよ」

ドス黒いオーラの残り火を燻らせながら、なんということはないとでもいうようにまたしてもぶっきらぼうに語る。


「受験用のテクニックの確認のために行ってるくらいですかね。誰かに教わるより、自分で辞書やネットなどで調べたほうが理解も早いですから」

そら褒めろ。やれ讃えろ。と、オーラがまた大きくなった。


「みんなそれが集中して続けらんないから苦労してんだけどね」

ブツブツと山形が聞こえないように小声でひとりごちる。


それを春木は聞き漏らさず、またもや山形をイジり始めた。

「山形くんも夏期講習くらい行けばいいじゃん」


「親には行けって言われるんだけどね。行ったらそこで満足しちゃってあんまり身になんないかなと思ってさ」

入力作業の手を休めることなくめんどくさそうに山形がボソボソと、言い訳をする。


「でもやんないんでしょ? 結局」

春木は逃さない。離さない。

「自分なりには、頑張ってるつもりなんだけどさ」

心底残念そうなしょぼくれ顔になる山形だった。


それを聴いていた生徒会長が、良いことを思いついたとばかりに目を輝かせて、パチンと手を叩いた。

「それなら山形くん。夏休みに生徒会のみんなで勉強合宿をやりましょうよ!」


また何を急に言い出すのだろうと、その場にいた全員が呆気にとられているのを無視して、生徒会長はマシンガンのようにその場の思いつきをまくし立て始めていた。


結局、会長の即興プランが通り、夏休みの8月第一週のどこかで、学校近くの猫柳海岸キャンプ場で1泊2日の勉強合宿が行われることになった。と、会長が勝手に決めた。


バンガローを数棟と、山岳部からテントを借り受け、生徒会に関わる生徒全員で朝から互いの得意不得意の科目を補い合うように教え合い、昼はみんなでカレーを作って食べて、夜はバーベキューをして、花火大会と洒落込もうと話が膨らみ花を咲かせた。


もちろん引率の教師は必要だし、学校の許可取りも要るが、なんとなく長生徒会長にかかると実現しそうな説得力がある。


「カレーですか!良いですね!!」

「バーベキューですか!最高じゃないですか!!」

力説する生徒会長に以上の文言のみをもって相槌を打ちまくる千比呂に、里緒は「流石だ」と感心するばかりだった。


「では、とりあえずその内容で企画書を書いて、教頭先生に提出したいと思います。あと、山形くんは必ず参加するように。あなたのための企画なんですからね」

立ち上がり、ビッと山形を指差しポーズを決める長生徒会長の姿は何人たりとて逆らうことを許さない力強さに溢れていた。


春木先輩もその横に並んで、同じポーズを取る。

「ちゃんと勉強するのよ!!」

女子ふたりに指差され、しょげこむばかりの山形先輩の情けない姿を、春木先輩はとても嬉しそうに眺めていた。


「何度も言いますけど、僕は僕なりに頑張ってるつもりなんですよ、ホントに」

意気消沈という四文字熟語の化身となりながら、ノートパソコンのモニターを閉じ、手提げ金庫から封筒を取り出すと、山形はゆっくり立ち上がった。


「じゃあ、僕は美術部に追加申請分の部費を届けてきますので」

影を背負いながら生徒会室から立ち去ろうとする山形の背中に、春木が声をかけた。


「美術部だったら私も行くわ。画材の発注書の訂正箇所に訂正印を貰わなくちゃ」

そう言うと、いそいそと山形を追いかけるように出ていった。


ふたりの後ろ姿を見送ると、島副会長が含みのありそうな調子で呟いた。

「青春だな」

それをうけて金田先輩も腰に手を当て清々しそうに呟く。

「青春だよな」

最後に長生徒会長もホッと頬に手を当て、ため息混じりに漏らす。

「青春よねぇ」

3人は声を合わせてもう一度同じ文句を繰り返した。


「どうしたんですか? 怖いですよ」

急にほんわかとした空気を出してきた先輩方に、千比呂は少したじろいだ。


「あれ? わかんない? ちひろさん」

里緒がいたずらっぽい目で千比呂の顔を下から覗き込む。

「なによう」

唇を尖らせながら、千比呂が問い返す。


「大伴さんは、もっと恋をするべきだわ」

会長の声が楽しそうだ。

「会長まで…… なんですかぁ?」

なんとなく自分が揶揄われている事はわかっても、なぜそうなっているのかがわからない千比呂は、だんだんムカムカしてきた。


「春木を見てたらわかると思うけどね。あれは間違いなく山形の事が好きだろう。当の本人が気づいてるかどうかは怪しいけどね」

島副会長の言葉を理解するのに少し時間がかかった。次々と走馬灯のように春木先輩と山形先輩のやり取りが思い出され、あの時々のあれやそれに思い当たる節を見つけ、千比呂はどんどん顔が火照って来る。


「えっ、まって。でも山形先輩って、りおの事が好きなんじゃないの?」

恋愛耐性ゼロの千比呂は、ほとんどパニックに近い状態だ。


「山形は…… 多分そうなんだろうな。だけど春木はなあ。俺でも見てれば気づくくらいだからなぁ」

腕組しながらしたり顔で金田先輩が語る姿を見て、千比呂は少し涙目になった。


わたしはこの無骨にしてデリカシーなど欠片も持ち合わせてはいなさそうな風紀委員長よりも恋愛音痴ということなのだろうか? 現役女子高生なのに……

千比呂は、自分の情けなさに膝から力が抜け、床に崩れ落ちて叫び出したい欲求を必死に抑え込んだ。


「ちょっとぉ、あたしを巻き込まないでよ」

里緒が下唇を突き出して怒ってる。


「木下さんは、その気は無いんでしょ?」「当たり前です!」

会長の質問に間髪入れずに反論する里緒。

その反応のあまりの早さに、生徒会室の面々からドッと笑いが溢れた。

暗く落ち込む千比呂の耳にそれは届いていないのだけれど……


生徒会室を後にした里緒と千比呂が科学準備室に戻って来ると、生徒たちが洗い終えた実験器具を宝先生が棚に戻しているところだった。


「よお、神社の掃除は終わったのかな。お疲れ様」

目線だけ入口に向けると、手を休めることなく先生がねぎらいの言葉をかけてくれた。


「先生、気づいてました? 春木先輩って山形先輩の事好きらしいですよ」

恋愛脳が暴走状態のままなのか、帰ってくるなり里緒が宝先生に駆け寄ってさっき迄生徒会室で話題になっていた事を聞かれもしないのに喋り倒した。


「青春してるじゃないか。温かく見守ってやりなさい」

完全に保護者目線からの相槌を打ちながら、ビーカーの向きをきっちり揃えて棚に並べていっている。

どうにも内在する几帳面さが、雑な配置を許さないらしい。


「で、何をそんなに大伴は落ち込んでるんだ?」

実験器具を仕舞い終えると、未だにしょげかえっている千比呂に先生は何時もの調子で声をかけた。

言い方が疎略である分、気遣いが際立つというのは意図してのことだろうかと里緒は訝しむ。


「いいんですわたしのことは。放っておいてください」

消え入りそうな声で自虐的に振る舞う千比呂の普段とのギャップに興味を覚えた先生は、里緒に何でこうなったのか尋ねてきた。

里緒は、耳打ちするようにつま先立ちで先生の頭の横に顔を寄せヒソヒソと理由を語ると、宝先生は堪えきれなくなったようで肩を震わせて笑い出した。


うつむき、床のマーブル模様を目で追っていた千比呂がその声を聴いて顔をあげる。

親の敵でも見るような目つきで宝先生を暫く睨みつけると深く溜息をついて、ガクンと作業台に頭を落とした。


「ごめん、ごめん。笑ってしまって申し訳なかったね」

謝る宝先生の声は、まだ笑いに震えている。


「誠意が感じられません」

作業台の上に顔を突っ伏しながら、千比呂は頬を膨らませていじけて見せている。


対処に困った先生は里緒に助けを求めた。

「どうすれば良いんだ?」

里緒の答えは簡単だった。

「プリンでも食べせてみると良いんじゃないですかね」

千比呂は、素早く顔を上げ、キッと里緒を睨みつけた…… いや違う。これは何かを期待する目、いいぞもっと言えと後押しする目だ。


「プリンでいいのか?」

薬品保存用の冷蔵庫を開き、中を確認すると高級そうな装丁の紙箱を取り出し、先生は中身を確認した。


「プリンは無いが京疋屋のフルーツゼリーならあるぞ。昼に親父が持ってきたんだ。君たちに食べさせてやれってさ。桃とマスカットとメロンとミカンがあるな、どれにするね?」


ガバと身体を起こし、千比呂が元気に手を挙げた。

「桃とメロンが良いです!!」

さっき迄の落ち込みっぷりはすでに無い。


「了解。じゃあ、コーヒーも淹れようか。その間にメールの確認でもしておいておくれよ。木下はどれにする?」

そう涼しげに提案しながら、先生が流れるような動作で箱からゼリーを取り出し作業台に並べていく。


「あ〜、あたしはコーヒーだけいただきます」

冷蔵庫の扉が開けられた時、里緒は見てしまっていた。アルコール、エタノール、酢酸などと書かれた化学薬品の数々や、真空パックに詰められた何らかの小動物の解剖用死体などを。

この冷蔵庫は、生物部や科学部も共用している。何かの実験や解剖の準備のため冷所保存されているのだ。

たとえそれが名店の高級ゼリーであったとしても、そんな中に一緒にしまわれていては食べる気がしない。


「そうかい? 大伴はブラックだったね。えっと木下はミルクと砂糖が……」

宝先生が言い終える前に、いつの間にか千比呂の隣に腰掛けて肩をぶつけてじゃれつきながら、嬉しそうにVサインを出して里緒が答えた。

「2つづつでっす」


コーヒーメーカーがコポコポと音を奏で始め、芳しい香りが室内に立ち込める中、千比呂はノートパソコンのモニターを開き電源を入れた。ドウーンという低音を響かせOSが立ち上がる。

ロックを解除し、メールのアイコンをダブルクリックすると斎事係のメールボックスに3件の着信があった。


その中のひとつを見て千比呂があっと声を漏らした。

どうした?と宝先生が振り向くと、モニターを横から覗き込んでいた里緒が真面目な顔で手招きをしてる。


モニターに表示されたメールを見ると、差出人の名前は蝶ヶ崎駅駅長大多さんのものだった。


そこに書かれた内容を読み進めるうちに、宝先生の眉間にシワが段々と深く刻まれていった。


【影踏】その⑦へ続く

公私ともになかなか忙しい上に体調不良などで気を取られることも多く、かなり間隔が開いてしまいましたが、

なんとか第6話目の公開となりました。

今回は、生徒会室がほぼメインのオカルト要素少なめの回となります。

山形先輩がちょこっと可哀想な回でもあります。

少しほっこりして貰えると嬉しいです。

それでは、また7話目でお目にかかりたと思います。

次はも少し間隔短めになるよう頑張ります。 (笑)


よろしかったら、いいねや評価、ご感想などいただけたら嬉しいです。

よろしくお願いいたします。


寿賀 旦

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