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第三話












 手紙とお詫びの品を渡したら即座に辞去するつもりだったのに、何故か引き止められて応接室に通されてしまった。


 やがて現れたのは、この物語のヒロイン。

 伯爵令嬢のエリザ。

 坊っちゃまと同じ七歳の少女は、しかし見た目に反し、その水色の瞳は冷たく冴えていて、私を品定めするように見て聞いた。


「ウィリアルド様からのお詫びということですが、どういうことでしょう?」

「昨日の顔合わせの際ウィリアルド様がお嬢様に大変な失礼をしてしまったとお嘆きになり、取り急ぎ謝罪の手紙とお詫びの品をお持ちした次第でございます」

「ウィリアルドが……?」


 思わず、といったふうに零れた呟きは聞かなかったことにした。

 彼女は不審に眉を寄せて、私と、携えてきた品を交互に見て何かを考えている。


 ……やはり彼女は人生二度目のヒロインなのだ。彼女の中には、ウィリアルドにないがしろにされた一度目の不幸な人生があり、目の前の差異に戸惑っているのだろう。


「貴方は彼がした失礼というのを聞いていて?」

「はい、とても失礼な暴言を放ったと。……しかし、それは決して本心ではない、と」

「照れて心にもないことを言ってしまったと言うことかしら?」


 ……ああ、確か一度目はそうやって彼女の訴えは黙殺されたのだった。


 ウィリアルドの暴言も粗野な態度も照れ隠し、男は好きな女に意地悪をしてしまうものだと、のんきな父母は事態を深刻に捉えず、エリザの決死の訴えを一笑に付した。そして幼い彼女は、そういうものと納得して、親を頼ることをやめてしまう。


 彼女の最初の躓き。


 だから二度目は、最初からしっかり証拠を集めて、父母に相談し味方に付けた。人並の感覚を持っていた伯爵夫妻は、娘から示された想像以上の現実に当たり前の怒りを抱いた。

 しかし、相手は公爵家。おいそれと伯爵家側から婚約の解消など言い出せず、結局ずるずると十年近くも婚約は続いていく。


 その間に、エリザは一度目の失敗を生かして力を蓄え。ウィリアルドとの婚約解消を目指しながら、かつて謳歌出来なかった学生生活で学び楽しみ、友を得て、やがて忍んでいた恋を知り……青春を取り戻していくのが物語の主軸だった。


 坊っちゃまと彼女の婚約は定められたもの。

 多分、彼女がどう足掻こうと今回も婚約は続行される。


 そして坊っちゃまは、物語の強制力によって望まぬ接触を続け、あんな風に悲しみ続けなければいけないのだろう。

 婚約者ウィリアルドの横暴は物語のカンフル剤として絶対に必要なのだ。


 だから、根本的な事実が変えられなくとも、坊っちゃまの悲しみが少しでも薄まるように、私は行動を起こした。


「違います。本当にウィリアルド様は心にもないことを言ってしまったようなのです」

「どういうことかしら?」

「信じていただけるかは判りませんが、ウィリアルド様が言うには、思っていたことと違うことばかり口から出たと。貴方様の巻き毛をただ褒めようとしたのに、口から出たのは鳥の巣のようだという言葉で……とても戸惑っておられました」

「……そんなことを信じろと?」

「私には願うことしか出来ません」


 言いながら坊っちゃまが書いた手紙をエリザ様の方へ押し出す。


「すべてはこちらに。ウィリアルド様が一晩かけて書いたものです」


 不信感を露にしながらもエリザ様は手紙の封を開け中身を読み始めた。

 分厚い手紙を読み終えるのにどれくらいかかったのだろう? 時計のない部屋では計ることが出来なかったが、何時間も経ったような気がした。

 最後の一枚を読み終えて手紙から顔を上げたエリザ様にあったのは、困惑と不審。


「とても信じられません」


 それはそうだろう。昨日暴言を吐いてきた相手が手の平を反して謝罪し言う科白が、自分の意志じゃなかった、なのだから……。

 私が何か言う前に、エリザ様は読んだ手紙をテーブルに伏せ、並べて置かれた花束と菓子の箱に手を伸ばした。


「……ですが、嘘と言い切ることも出来なく思います。これは昨日、案内していただいた庭園で私が一番好きと褒めた薔薇です。それから菓子も、何気なく伝えただけなのに、……ちゃんと、私の、好きなものです」


 真っ赤な薔薇より、人肌のような淡いオレンジ色の薔薇の方が優しくて好き。

 ナッツがふんだんに使われた焼き菓子が好物で、王都のとある菓子屋の大きなクッキーにこっそり齧り付くのが何より幸せ。


 どれも昨日坊っちゃまが聞いた内容だ。

 ちゃんと坊っちゃまは婚約者と向き合っていた。


 その気持ちを信じて欲しい。


「……私の話、ちゃんと聞いていたのね」


 願う私の気持ちと被るように、エリザ様がぽつりと零した。

 やがて顔を上げた彼女は真っ直ぐ私を見て、聞いてくる。


「ごめんなさい。貴方、お名前は?」

「申し遅れました。ウィリアルド様の専属執事を務めております、ゴードンと申します」

「専属執事……そのような方が」


 どうやら彼女の記憶に私はいないらしい……ということは、一度目の時の私は三年前に役目を放棄して坊っちゃまから離れたのかもしれない。だから坊っちゃまはアニメのような暴君になってしまったのか?

 だとしたら、彼女の不幸な一度目の人生の責任の一端は私にもある。


 だが、無責任に、だから許してくれとは言えない。


 確かに時間は巻き戻ったのだろう。

 今生の坊っちゃまはまだ彼女に何もしていない。


 しかし、それはこちらの主観。

 彼女の中にはウィリアルドに酷い目に合わされた記憶が事実としてあるのだ。


 それなのに、素知らぬふりをして、すべてをなかったことに、今生の坊っちゃまとやり直してくれなんて頼むつもりはない。



 私が望むのは、私がお育てした坊っちゃまの幸せだけ……。



 だから私は彼女に、もう一度だけ坊っちゃまと会って欲しいと願った。




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