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第一話











 前世の記憶が蘇ったのは、っちゃまから婚約者が決まったと憂鬱な顔で打ち明けられた時。


 麗しい顔を歪めた、不愉快そうな、不貞腐れたような、嫌な顔を見た瞬間、鈍器で頭を殴られたような衝撃があり、何かが頭の中に流れ込んできた。


 記憶の底から溢れ出てくる映像。


 なんだこれ? こんなの知らない。

 ……否、違う、私は知っている。


 こんなもの見たことない。

 ……いや、昔見た。


 ああ、坊っちゃまがいる。


 目の前の幼子が成長すればこんな風に美しい男になるのだろうと予感させる美丈夫が、何処か薔薇の咲き誇る庭園で、顔の見えない女の顎を掬い、愛を囁いている。


 ……きらびやかな夜会場で、その女の腰を抱いたまま、何かを宣言する坊っちゃま。


 ……捕縛される坊っちゃま。


 ……旦那様から絶望を告げられる坊っちゃま。


 ……情けなく令嬢の足下に縋りつき、別の美丈夫に叩きのめされる坊っちゃま。


 ……絶望に顔を歪めて幼子のように泣きわめく坊っちゃま。


 流れていく映像を追いながら、何度も何度も声を絞り出す。


『坊っちゃま! それはなりません!!』


 ……なのにこの声は届かない。


 何一つ持たないまま門の外に放り出され、うなだれ去っていく背中に、必死に手を伸ばして叫んだ。


「坊っちゃま!!」

「じい!!」


 見えたのは見慣れた天井と、見目麗しい幼子の顔。

 心配そうに涙を溜めた青い目で私の顔を覗きこむのは、この館の主の息子、ウィリアルド様だった。


「坊っちゃま……」


 確かめるように呼べば、彼はついに涙を落とし、寝転んだままの私の胸に顔を伏せる。


「じい、じい、大丈夫か? 急に倒れて、ずっとうなされて、私はお前がこのまま死んでしまうんじゃないかと心配で……」


 小さな頭に手を置き、サラサラの金髪を撫でながら、申し訳ありませんと声を掛けた。


 ……坊っちゃま。

 公爵令息ウィリアルド。



 思い出した。

 彼は、前世で見た、ざまぁ系アニメの当て馬令息だ。


 名前どころか姿形も思い出せないが、私の前世はとある国に生きた女性だった。そして、生前視聴したアニメの一つの世界に、今は生きている。


 あれは、所謂ライトノベル原作のアニメで、主人公は人生二度目のやり直し中の伯爵令嬢。


 一度目、彼女は後悔の多い人生を送り、その所為で若くして亡くなる。その悔しさの所為か記憶を持ったまま幼子に回帰し、前回の人生をなぞりながらふりかかる苦難を回避して、二度目の人生を良い方へ改変して幸せになるストーリー。


 その中で出会う、初対面から彼女を疎み、冤罪で断罪してヒーローをアシストするのが、ヒロインの婚約者であるウィリアルド。


 目の前の、目に入れても痛くない程可愛い、孫のような坊っちゃまのことだ。


 何故か蘇ったすべてにすとんと納得して、身を起こす。坊っちゃまは涙を拭い、私が目覚めたことを伝えてくると駆け出していった。


 今生の私の名前は、ゴードン。

 齢五十を超えたじじいで、ウィル坊っちゃまの専属執事だ。


 男爵家の三男だったが、貴族学院に在学中に先々代公爵様の執事だった養父に才能を見出だされて養子となり、その座を受け継いで、先代公爵様に長くお仕えさせていただいた。

 そして、先代の引退と共に私もその座を後継に譲った後は、一緒に職を辞した侍女長だった妻とのんびり暮らすつもりだったのだが、たった一年でまた公爵家に呼び戻された。


 そして、坊っちゃまの養育の全権を任された。


 ウィリアルド坊っちゃまは現公爵の次男だが、……実は婚外子だ。

 公爵様が妻の妊娠中に戯れに手を出したメイドの子。


 まさかたった一度で子が出来るとは思わなかったと公爵様は言っていたが、それが真実かどうかはもう誰にも判らない。

 怒り狂った夫人によって、母親のメイドは適当な相手に嫁がされ、坊っちゃまは誕生日を偽り嫡子として届けられた。公爵家の血筋である以上、不貞の子であっても、打ち捨てることは出来ないという夫人の貴族らしい判断の末だ。

 しかし、夫人は養育を拒否。それはそうだろう、夫の不貞の証拠たる子をあっさり許せる訳がない。


 そして残された、誰にも望まれない子供。


 後継は夫人の息子がいるから、年頃になったら何処かに婿に出す。

 それまで<何も知らせずに>ウィリアルドを育てるよう命じられた。


 幼い頃から我が子のように成長を見守ってきた公爵様の愚かな行為に妻と共に頭痛を覚えたものの、引き合わされた小さな赤子を拒否することは出来なかった。

 もし私たちがこの子の養育を拒んだらどうなるか……容易に想像出来た。

 事情も理解出来ないうちに父母に見捨てられ、疎まれ、情のない物だけが与えられる生活はきっとこの子を不幸にする。


 せめて私たちはこの子を愛そうと必死に坊っちゃまを育ててきたが……蘇った記憶を見るに、結局私は坊っちゃまの子育てに失敗したのだろう。


 物語では、真実を知らないウィリアルドは、一貫して両親……特に公爵夫人に溺愛される出来のいい長男と優秀な婚約者を嫉み妬む、劣等感の塊のような少年だった。


 一度目の人生、ヒロインは理不尽に敵意を向けてくるウィリアルドにも、婚約者だから……と寄り添おうとしたのだ。しかし気持ちは通じず、彼は伯爵家に婿入りするという立場でありながら学院で知り合った女狐に唆され、冤罪で彼女を陥れる。

 それが原因で婚約破棄されたヒロインは、傷モノとしてろくな縁談もなく、辺境の修道院で寂しい最期を迎えた。


 そして本編である二度目。

 未来を知っているヒロインは、同じように婚約者になったウィリアルドを最初から拒絶し、接触してくる彼を叩きのめして、最後は断罪の場を逆手取って自ら婚約破棄をする。


 その後ウィリアルドがすべてを知っても、もう遅い。


 今更やり直そうと縋りついても、ヒロインの隣には婚約者に疎まれる彼女を支え続けたヒーローがいて、ウィリアルドを更なる絶望に叩き落とす。そして往生際悪く彼女たちを罵り、暴力まで振るったことで、彼は公爵家からも放逐されるのだ。


 真実を知り、身一つで追い出されるうなだれた後ろ姿に被せて、拒絶の証明のように閉じる鉄製の門。とぼとぼと歩きだしたウィリアルドのその後は語られない。

 後はエンディングまで、ヒロインとヒーローの甘々な生活が描写されてアニメは終わったはずだ。


 まざまざと蘇る映像に、知らぬ間に私は泣いていた。


 私のお育てした坊っちゃまの未来がこんなものなんて……!!

 こんな未来知りたくなかった……!!


 悲しさと悔しさの混じった涙を零し、奥歯を噛み締めた途端、悲鳴が耳に飛び込んできた。


「じい! じい、どうした! やはり何処か痛むのか!? 今医者を呼ぶ、死ぬなじい!! じいが死んだら私は、私は……私は一人になる!!」


 叫んで、走ってくる幼子。


 ……まだたった七つだ。


 両親から愛されることも知らず。

 真実を知ることも許されず。

 ただ体面のために生かされて……。


 結局当て馬としてヒーローを輝かせた後は、断罪され、打ち捨てられる。


 あんまりではないか!!


 ただの使用人でしかない私を心配して取り乱し泣くこの子が何をした?


 悪いのはこの子じゃない。

 今のこの子は<悪>じゃない。


 そうだろう?


 まだこの子はこんなに優しい。

 まだこれからだ。

 まだ間に合う。


 ベッドを滑り降りて、走り寄ってきたウィリアルドを力一杯抱き締めた。

 老いたと言われる両腕でも簡単に包める小さな身体。成長して美丈夫になるのが判っているのに、彼にはこれからからいだけの人生が待っているのかと思うと、悲しみの涙が止まらない。


「……坊っちゃま、坊っちゃま」

「じい? 何処が痛い? 大丈夫だ、父上にお願いしていい医者を呼んでやるから、ベッドに戻って休んでくれ。じい……」


 泣く私を宥めるように背中を擦る小さな手。

 天使のようなウィリアルドを抱き締めて、決めた。


 私はこれより原作改変を試みる!!





読んで頂きありがとうございました。

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