おいしいゆめ
コウくんが目をさますと、そこは暗い場所でした。
お空では、大きくてまあるいお月さまがコウくんをじっと見ています。まわりを見てみれば、木や草がたくさんはえていて、ところどころに大きな石がおいてあります。
その石のことを、コウくんは知っていました。
夏休みになると、家族みんなで必ずでかける場所にたくさんそれがあるのです。
ある時、どうしていつもここに来るのかとおかあさんにきいてみました。
『この石の下にはコウくんたちのご先祖さまがいて、コウくんたちを見守ってくれているのよ。だから、年に一回はこうして手を合わせて「ありがとう」ってお礼を言おうね』
おかあさんはそう言って、それが〝お墓〟だと教えてくれました。
いつもみんなでお墓に行く時はお日さまがてっている時間ですが、今は夜です。お日さまの下で見る時と、お月さまの下で見る時とでは、まるで違うもののように見えます。
コウくんはこわくなって、そこからにげるように歩き出しました。
早くおかあさんやおとうさんのいるところに帰りたい。だけど、ここがどこなのか、どっちへ行けば帰れるのか、さっぱりわかりません。
コウくんは泣きそうになるのをがまんして、歩きつづけました。
『おや、ぼうや。こんなところでなにをしているんだい?』
声をかけられてふり向くと、そこにはしわくちゃの顔をしたおばあさんが立っていました。おばあさんはゆっくり手まねきをして、コウくんを呼びます。
『こっちへおいで。おいしいおかしをあげよう』
〝おいしいおかし〟という言葉におばあさんのほうへ行きそうになったコウくんですが、おかあさんと知らない人についていってはいけないと約束をしたのを思い出して、行きませんでした。
首をふるコウくんに、おばあさんは手まねきを速めて『こっちへおいで』とくりかえします。
おばあさんがこわくなったコウくんは、いそいでそこからにげました。
けれど、『こっちへおいで』というおばあさんの声がおいかけてきます。
コウくんは走り出しましたが、すこし行ったさきでころんでしまいました。このままでは、おばあさんにおいつかれてしまいます。
そのときでした。
コウくんの前に、一人の男の子があらわれました。どこからどうやってそこに来たのか、コウくんにはわかりませんでした。まばたきをしたそのいっしゅんのうちに、男の子があらわれたのです。
そして、いつのまにかおばあさんの声は聞こえなくなっていました。
男の子は、ふしぎなふんいきをしていました。
白いシャツに黒のベストとサスペンダーつきのハーフパンツ。ほそい足には黒いブーツをはいて、切りそろえたかみは銀色にかがやきます。
『さあ、いこう』
男の子がコウくんに手をさし出します。
知らない人についていってはいけない――その約束はわすれていません。けれど、この男の子はついていってもだいじょうぶだと思いました。
コウくんが男の子の手をとると、引っぱって立たせてくれました。そしてそのまま、道のさきへみちびいてくれます。
ズンズン歩く男の子のあとについていくと、暗くてこわかった夜がすこしずつ明るくなってきました。
月がしずみ、空が白んで星もきえかかったころ、まわりにあった木たちもいつのまにかなくなっていました。
朝のしずかな空気を感じはじめると、男の子が立ちどまりました。
ぐるりとまわりを見ると、そこはまっ白なキラキラしたばしょで、コウくんと男の子いがいに何もありません。
男の子が振りかえって、にっこりとわらいます。
『ここまでくれば、もうだいじょうぶ。朝がきたから、かえれるよ』
男の子がそう言うと、コウくんの頭はぼんやりとしてきました。男の子にお礼とさよならを言いたいのに、もうできません。
『おいしかったよ。ごちそうさま』
そう言った男の子の声をさいごに、コウくんは何も見えなくなりました。
*
コウくんが目をさますと、そこはじぶんのへやでした。
目をこすりながらおき上がって、ぼーっとする頭で男の子のことを思い出します。
お礼が言いたかったなと思っていると、へやにおかあさんが入ってきました。
「あら、おはよう。今日はおきるのがはやいのね」
「おかあさん! あのね――」
おかあさんに話したいことがたくさんありました。
コウくんがいたこわいばしょやおばあさん、そしてたすけてくれた男の子のこと――。
こわかったけれど、とてもすごいぼうけんをしたみたいな気分です。
朝の日ざしがさしこむへやで、コウくんはほほえむおかあさんにたくさんたくさんお話しました。