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愛について

作者: 杏樹衛門

平々凡々とただ生きている自分に腹が立つ。

これは僕の平生の悩みだった。

やがてこの悩みは、なぜ僕は生まれたのかと言う疑問に変化し、 そして、僕は「無理に生きる意味を見出すくらいなら自殺する」と思うようになっていった。


昔、僕は母親に「なぜ僕は生まれたの?どうしてお母さんは僕を産んだの?」と聞いていた。

すると母はいつも決まって「あなたを愛していたからよ。」と僕に言った。

「どうして産む前に愛してるって思ったの?」僕はいつもこう聞いた。

そう聞くと母は「あなたを妊娠した時、あぁ、私はこの子を愛してしまうんだろうなって思ったのよ。」そう言うと母は、私の頭を、いつも優しく撫でてくれた。暖かくて柔らかい母の手。僕は母の愛を溺れるほどに感じていた。

唯一、ただ一人の人間にのみに注がれる「母親の愛」。

僕はそれに慣れていって、それに嫌悪感を抱くようになっていった。


思春期に入って、僕はただ、平々凡々に生きて時間を浪費していく自分に腹が立っていた。

やがて僕は、僕を産んだ母に対して嫌悪感を示すようになった。

その嫌悪感は時間が過ぎる毎に段々と明確なものになってくる。

「お母さんはなんで俺のことを産んだの?」と改めて聞いてみた。

すると母は常套句のように「あなたを愛してー」

「そんなこともう聞き飽きたんだよ。」僕は母の言葉を遮って言った。

「産んだから、仕方なく愛するしか無くなったんだろ?そもそも俺は生まれたくなんかなかったんだよ。こんな平凡で単調な人生なんて、僕は送りたくなかった。自分らのエゴで産んどいて、生きることを強要してるんじゃねーよ!」と僕は強い口調で母に言った。

母は「なんでお母さんにそんなこと言えるの?」と言った。

涙ぐむ母親を尻目に僕は続けた。

「僕はありのままをお母さんに伝えただけだ。自分の息子をこんなんに育ててしまった自分を恨んだらどうだ?」

母は床にへたり込んで、ごめんね、ごめんねと言いながら嗚咽した。

その瞬間、僕の心は罪悪感に支配された。

いつもの母なら、大声で怒鳴って言い返してくるのに、今日に限って。どうして。

だが、僕はもう既に引けなくなっていた。

僕は家を飛び出した。


家を飛び出して30分ほどたった。僕は電車に乗って、出来るだけ遠くへ行こうと思い、電車に乗っていた。

電車に揺られていると、一件のLINEが、僕のスマホに届いた。

母からだった。

『さっきはごめんね。もうすぐ夜ご飯出来るから、早く帰っておいでね。』

『少し遠い所に行ってるのなら連絡してね。迎えに行くからね。』

僕は溢れ出る涙を止めることができなかった。

僕が嫌悪感を抱いていた愛は、こんなにも寛大で、暖かくて、優しかった。

このとき僕は人生で初めて生きる意味を見出した。

「母のために死ぬ。そのために生まれてきた」と今思った。

僕の母が、それを間違いだと言っても、僕はそれを変えるつもりはない。

いくら母が僕が死ぬのを止めたとしても、僕はそれを無理にでも決行するだろう。

だって僕は、自分の意思で死ぬことを決めたから。また母に対する懺悔の気持ちもあったかもしれない。

僕は豊橋駅で電車を降りて、母に『豊橋駅まで来てほしい。』と送った。

少しして、母が来てくれた。

車で来てくれた母は、いつもの母と変わらぬ様子だった。

いつも後部座席に乗る僕は、今日に限っては助手席に乗った。

母は僕に「明日の夜、何か食べたいものでもある?作れる物だったらなんでもいいわよ。」と言った。

なんでもいいよと僕は返した。

死ぬことを決めた僕に、これ以上母の愛を受ける権利などないと思ったからだ。

母はそんな僕にそうと一言言っただけだった。

家に着いて、僕は椅子に座り、夜ご飯を食べた。

なんの変哲もない、普通の夜ご飯だった。

これが僕の最後の晩餐だと思うと少し質素だと感じる。

だが、これが人生で最後のご飯で、最後の母の愛で、最後の母の料理だ。

そう思ってご飯を噛み締めていると、止められない涙が溢れてきた。

嗚咽のせいでうまく咀嚼ができない。

すると母が「大丈夫?何かあったの?」と言った。

僕は「何もないよ」と答える。

「ふふっ、あなたはいつだって強情なんだから。もっと素直になったらいいのに。」

そう言って母は僕の頭を撫でた。

久しぶりに感じた母の愛と温もりは、あの頃と変わらず、優しく、

大きかった。

どうしてこんな人間にも優しくしてくれるのか。僕には理解出来なかった。

僕は母にその理由を聞いた。

すると母は「あなたは私の子供なのよ?自分の子供がどんなに間違ったことをしても、味方をして無償の愛を注いであげるのが母としての役目でしょ?」と笑って答えた。

僕は涙はもう既に止められるものでは無くなっていた。

しばらく経って落ち着いた後、僕は母に「いつもありがとう」と言った。

「どうしたのいきなり。」

母はそう言って笑った。

僕は自室に行き、遺書を書いた。


お母さん、僕はお母さんより先に死にます。赦してください。

いつも母のことを蔑ろにし、それどころか、お母さんに対して悪態

まで。本当に最低な息子だったと思います。

今日の夜、母に向けて言い放った言葉は、母に対しての最大の侮辱行為であったと思います。僕は今から死ぬわけですが、母に対しての禊ではありません。ただ僕が母の為に死ぬと決意したからです。

お母さんには何の責任もありません。

最後になりますが、今まで僕を愛してくれてありがとうございました。


僕は遺書を書き終えるとドアノブに布団のシーツを括って首を吊った。

翌朝、母が僕の名前を呼ぶ。

母は僕の部屋の前まで来て、ノックをして、ドアを引いた。

母はドアが重たいことに気づくと同時に泣き崩れた。

嗚呼、僕は最後の最後にまで親不孝だったなと思った。

ごめんなさい、お母さん。

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