4.魔の森
月の宮と嵐の宮の境にあるその森は、遠目からは入り口らしい入り口は見当たらなかったが、リアムが近づくと、蔓や蔦や枝葉が風も無く彼ら自身で動き、ぽっかりと暗い空間を作った。
リアムは、森を見るのも、枝葉が自分で動くのも、見るのは初めてだったので、それが当たり前と素直に受け入れた。少なくとも、人間界の森の木々は普通は勝手に動かない。
「入り口を作ってくれてありがとう」
リアムは、小さく囁いて、空いた穴の中に足を踏み入れた。怖さが、少し無くなっていた。
穴から二、三歩中に入ると、しゅるしゅると、蔦や枝葉が動いて、何もなかった様に元の位置に戻った。
リアムは、それを見守って、顔を正面に戻すと、また、怖さが戻って来た。
森の中は、枝葉が生い茂り、上から光が僅かしか入らず、かなり暗かった。数歩先に行けば闇が深くなり、更なる暗黒だった。
森が受け入れてくれたように見えたけど、やっぱり怖い。
ギイギイギイ・・・
ケケケケケケ・・・
ギャッギャッ
キキキキ・・
「クウェーッ!」
頭の後ろで、甲高い鳴き声が聞こえて、リアムはぎくり!とした。勢いよく後ろを振り返るが、木々や蔓しか見えない。その上の方の空間に、赤い果実が二つ、左右に不思議な距離を置いて、宙に浮かぶように仄かに光っている。
なんだろあれ・・
「きれい・・」
光に吸い寄せられるように、リアムは果実の方に歩み寄ろうとする。と。
パクリ!!
「え?!」
リアムの視界が青黒い壁に包まれ、押されて倒された。顔や手に柔らかく生ぬるい感触が伝わる。何が起きたのか全く分からず驚いている間に、うぞうぞとした地面と壁の動きによって奥へと押し込まれていった。
どべっ。
リアムは薄い灰色のヌメヌメとした池の中に落ちた。
周りは、ぼつぼつとした青黒い壁で覆われている。この空間は、ほんのり明るい。ヌメヌメ池がぼんやり光っている為だった。
見た所、自分の他には誰もいない。
リアムは、上半身を起こして腕を池から引き揚げた。どうも、ひりひりする。
「ここって、どこなんだろ」
立ち上がって、壁際に歩み寄る。
恐る恐る壁を触ってみると思っていたより柔らかかった。
リアムは、少し、面白いと思った。ぐいぐいと指で押すと、凹むようでいて、反発もある。
おもしろ!
リアムは、目を輝かせて、ぐいぐい押す。上の辺を押したり、下の辺を押したり、拳で押したり掌で押したり、あちこちを押して押して押しまくる。
「きゃははっ」
自然と笑い声が込み上げて来た。ギルアスとくすぐりごっこしているみたい!
ふいに、足元がぐらりと波打って、リアムは、バランスを崩し、池の中に倒れ込んだ。
ドビャ!
またヌメヌメに体が覆われて、ヒリヒリ痛い。
また、地面が波打った。池の中でリアムの身体はもみくちゃにされる。そうこうしている内に、リアムはヌメヌメの津波に押されて、流される。
「ぐえーっ!!」
潰れたような低い太い声と、ヌメヌメと共に、リアムは口から吐き出された。
口から地面に落ちたリアムは、何が起きたか分からないまま上半身を起こし、それに気が付く。
赤い二つの果実の周りに木々や枝葉しかないと思っていたその空間に、茶褐色のぼつぼつした肌にコケやキノコを生やした巨体の稜線が浮かび上がって行く。赤い果実と思っていたものは、それの左右にある目だった。
「オマエ、中で何しちゃってくれちゃってるのヨサ!」
不思議な発音で、ずんぐりとしたそれが、言った。
リアムは、目をぱちくりする。
「おっきいカエルさん・・」
「カエルだと!?オレは赤蛙族のゲガ様だヨサ!」
リアムは、顔をくしゃっとして笑った。潰れた太い声が可笑しかった。
「おじさん変!」
「オ、オジサン?!」
リアムは、立ち上がると、巨大なカエルを見上げた。赤い目の高さまで、ギルアスが二人立つと届く位大きかった。
「おじさん、ひとりなの?」
「オジサンぢゃないのヨサ!オマエこそなんだヨサ!」
「リアムだよ。おじさんは?」
「だから!ゲガ様だヨサ!」
「げがさまだよさ?」
「ゲ・ガ!!だヨサ!」
「ゲガ!」
「ゲガ様!!」
「ゲガ様!!」
リアムはくすぐったそうに笑う。
「変!!」
「なぬう~?!」