3.リアム四歳
「うわあ!やられた~!」
ギルアスが、大袈裟な芝居で苦しみながら倒れる。その上に、模擬剣を持ったリアムが乗って来る。
「ぐほっ」
油断して、衝撃に息が詰まった。リアムは、ギルアスの上で、きゃっきゃと無邪気な笑い声をあげる。
「リアム様!お見事です」
一緒に遊んでいた侍女が、賞賛の声を上げる。侍女の息子が真似をしてギルアスの上に乗って来る。
「ごっふっ!」
ちょっとまってくれよ~!
老体に鞭打たれているギルアスに構わず、リアムと侍女の息子は、彼の背中の上ではしゃぐのだった。
リアムの部屋にミイムが入って来ると、リアムはいち早く彼女の姿を見つけ、駆け付ける。
「ミイム!!」
リアムは、飛びつくようにミイムの脚に抱き着いた。
「リアム様」
ミイムは微笑んだ。跪いてリアムの目線になる。
「リアム様は今日もお元気ですね」
「うんっ」
リアムは、笑顔で応え、ミイムを抱きしめる。
「ミイム、大好き!」
ミイムは緑青色の目を潤ませた。
「私も、リアム様が大好きです」
ミイムはリアムを抱きしめた。
いいなぁ、あいつ。
二人の様子を見ていたギルアスは、侍女の息子に頭を小突かれながら、心底リアムを羨ましく思った。
「ギルアス」
リアムの昼寝の時間、ミイムが静かに切り出した。
「そろそろリアム様を外にお出しした方が良いと思いますが、どう思われますか?」
ギルアスは、リアムの無防備な寝顔を見ている。汗で濡れている黒髪。まだ小さな寝息。ふっくらとした頬。正直、虫唾が走る。
「俺もそろそろと思っていた。リアム様も、もう四歳。少し厳しめの遊びが必要だ」
数日後。
月の宮を出ると目の前にだだ広い庭がある。庭と言っても花も植木も雑草すら無い。一面土の庭である。
「これは新しい遊びです」
リアムに、ギルアスが言った。
空は、赤黒く、明るくも暗くもない。
リアムは初めて見る空の色に怯えた。泣きそうな顔で訊き返す。
「遊び・・?」
「そうです。ここから、この城を一周して帰って来る。そういう遊びです」
傍で二人を見守っているミイムは、内心厳しすぎると思っている。
「ギルアスとミイムもいっしょだよね・・?」
「リアム様、この遊びは一人でやるんですよ」
「なんで?!むりだよ。ほかのところ行ったことないし」
「大丈夫。城の一番外の壁に沿って進めばいいのです。それで一周できます」
「いやだよ!できないよ!」
「リアム様、情けない事を仰いますな。貴方は魔王の息子ですよ」
リアムは黙り込む。
「陛下の期待に応えて、強くならなければ」
リアムは、そうしたい気持ちと、そうしたくない気持ちが混ざり合った顔でギルアスを見た。もう少しで泣き出しそうだ。
ギルアスの口調は極めて穏やかだった。ただ、その言葉は加減なく、リアムを追い詰める。
「リアム様。父君を悲しませたいですか」
「いやだ!」
「悲しませたくない?」
「うん・・」
「では、やりましょう」
リアムは、俯くように頷いた。
取り付く島の無いギルアスに背を向けて、リアムは歩み始めた。
広い土の庭の向こうには嵐の宮との境にある深い森が見える。リアムは、その森に何が棲んでいるかを知らない。
小さくなっていくリアムの姿を見ながら、ギルアスが、
「戻るまで一週間から二週間といったところか・・」
と、事務的に言った。反応のないミイムをちらりと見る。彼女はかなり不安げな面持ちでリアムを見送っていた。
「お前、手を出すなよ」
ギルアスが、言った。
ミイムは顔を歪めてギルアスを見る。
「本当に一人で行かせて良いのですか?なにかあったらどうするのですか」
「元はお前の発案だろ」
「ですが、ここまで厳しくするのは・・リアム様はまだ四歳です」
「充分な歳だ」
「やはり、一人は付いて行くべきでは」
「そんな過保護にしてどうする」
「リアム様は、半分は人間・・魔力も目覚めてないのですよ」
ミイムがそう言い終わらない内に、ギルアスは、素早い動きでミイムの首を掴んだ。
「がはっ!」
ギリギリとミイムの首を掴む右手に力がこめられる。ミイムは逃れようとギルアスの腕に手を掛けるが、びくりともしない。
ギルアスの鋭い目がミイムを射た。
「あまり甘い事を言うな。殺すぞ」
低い声がそう言って、手を離した。離れ際、当たり前にミイムの胸をむぎゅりと触る。
「!!ギシャー!!」
ミイムは、反射的に鋭い爪を飛び出させギルアスを襲ったが、ひらりとかわされた。
「ギルアス!!」
「二度は言わん」
ギルアスはそう言って、月の宮へ戻って行く・・。