2.トーリ、グレン
嵐の宮の庭で。
ぐしゃっ!!
丸太の様に巨大な足が、弟を押し潰した。
十メートルはあろうかという巨躯の持ち主は、全身灰色の肌で一切の毛が無い。顔に大きな黒い一つ目と、口しかない為、常に笑っているように見えた。
背中を丸めた巨人の肩に乗るグレンは、にやりと微笑む。その背後に、大きな月が輝いている。
巨人は嵐の宮の庭で放し飼いにされている。ここに迷い込んだ者は巨人の餌となる。
巨人はグレンの下僕だ。頭の後ろに打ち込まれている呪が刻まれた銀色の楔が、それを表していた。巨人が足を退けると、人型の、緑色の血に染まった肉塊が現れた。弟ウォルグの変わり果てた姿。この結果に、何度でも笑いが込み上げる。
「やったな」
少し離れた所で見ていた兄のトーリは、満足気にグレンに言った。二人とも、ぱっと見の姿は人間の少年と変わらない。
紅い目のトーリ。
蒼い目のグレン。
二人は腹違いの兄弟だ。
魔王の城にいる子供たちは、皆、種族の違う母親から生まれている。
トーリの母は、火焔族。
グレンの母は、嵐狼族。
各々一族を代表する女が、魔王ヴァルディシオンに嫁いでいた。魔王の力を得る為である。
自分の一族の繁栄のために、彼らは一つ所にいる事になるが、放っておけば争いになる。この為、魔王の城は、子供の数毎、つまり種族毎に宮が用意されていた。それらを分かつように深い森や広い庭がある。但し全ての宮は渡り廊下で繋がっている。少し小高い山の上に立つ魔王の城は、必然的に町の様に広大になる。
それでも魔王には、彼らの力が必要だし、同じ目的の為なら連帯もする。
トーリとグレンは、同じ目的の為に連帯していた。
他の兄弟を殺し、自分たちが、次の魔王になる。
魔王になる為には、最後は父、つまり今の魔王を殺さなければならない。それは無理だ。魔王は兎に角強い。今の自分たちでは一捻りで殺られてしまう。
だが、ほぼ同列の兄弟たちなら、殺れる。力の差がない内に、ライバルにはさっさと消えてもらう。
「そろそろ、あいつはどうだ?」
巨人から、ひらりと飛び降りて、グレンが言った。巨人は、這い蹲って潰れたウォルグを食べ始める。
トーリは、巨人の貪り食う様子を見て、顔を歪める。
「よくそんなモン食えるな」
巨人は、構わずガツガツ食べている。
「こいつは雑食だ。なんでも食うよ」
グレンが言った。
「あいつを食わせるか・・」
トーリが、呟いた。
グレンが笑った。
「ははっ。あいつまだ小せえし、食うとこねえぞ」
「労力に見合わないか?どうせ何でも食うんだろ?」
「傍の二人も厄介だ」
「そうだな。どう引き離し連れ出すか・・」
トーリと、グレンは、ほぼ同時に過去のある出来事を脳裏に浮かべた。
リアムの母親を魔王の逆鱗に触れない様、事故に見せかけて殺した。その時を。
母親は死んだ。だが、母親の腹の中にいた息子は生きていた。それを知った時、まさかと思った。
どうして助かったのか。母体が死ねば、何もできない中の子供も死ぬはずだ。なのに何故。
魔王が、あのガキを助けたからだ。
あの魔王は、何故、奴隷の女に子供を作らせたのか。その子供を助けたのか。
そして、あのガキにだけ、特別に傅と乳母が付けられた。傅は、相当強いと聞いている。
こんな贔屓が許されるのか?
あいつが奴隷の人間の子供というだけでまず目障りだが、あいつに対する贔屓も許せない。あの魔王はいつか必ずぶち殺す。その前にあのガキだが。傍の傅と乳母をどう攻略するか。
「なあ。俺に良い考えがある」
グレンが、にやりとして言った。
トーリは、嫌な予感しかしなかったが、黙っていた。馬鹿な方が使いやすい。まあ、やると言うのなら、やらせてみよう。
「なんだ?」
トーリは微笑んだ。
「まあ、任せろ」
グレンは、そう言って、にたりとした。