1.リアム、1歳
「ぱぱ」
リアムが、大きな黒い瞳で真っ直ぐに父を見つめた。穢れの無い、潤んだ目に魔王ヴァルディシオンの顔が映り込む。
「リアムぅ~!!」
魔王は、息子を盛大に抱き締めた。リアムの小さなぷっくりした頬に顔をすりすりさせる。
「私の可愛いリアムぅ!よく無事に一歳になった!偉いぞ!可愛いぞ!食べちゃうぞおっ!!」
リアムの部屋には、魔王と、その傍に傅と乳母がいた。少し離れた所に無表情の執事もいた。
傅と乳母は、冷静を装っていたが、溺愛に崩れる魔王の姿は未だに慣れなかった。
「お前たち、よく務めを果たしてくれた。引き続き頼むぞ」
顔と言葉はきりりとしているが、魔王の腕は、リアムをぎゅ~っとしたままだ。
「はっ」
「ありがとうございます。精進します」
二人は、緊張感をもって答えるが、魔王の顔はもうでれでれになっている。
「仕方ない」
「うん」
昼寝の時間。
小さなベッドで眠るリアムの顔を見ながら、ギルアスがミイムに訊く。
「乳離れはいつだ?」
「まだ・・。リアム様のタイミングによる。もう少しかかると思うけど・・」
ミイムは、少し寂し気だった。
「ふうん。そんなもんか。俺のガキの頃はさっさと引き剝がされたけどな」
「それ、千年前じゃん。時代が違うよ」
「乳離れしたら、俺にしゃぶらせろよ」
「また馬鹿な事言ってる」
ミイムは、相手をするだけ疲れる、とばかりに溜息をつく。
「マジなんだけど」
「だから、こっちもマジでいやだって言ってんの」
「なんで」
「あんたみたいなエロジジイ」
「じゃ魔王みたいな若いのがいいのか」
「えっ・・!」
ミイムは、一瞬言葉を詰まらせる。
「そうよ!若いのがいいの!当たり前でしょ!じゃあ後宜しく!」
そう言って、夜に備えて部屋を出て行った。
「分かりやすいなあ。あいつ」
ギルアスは、そう呟いてリアムを見た。
リアムは、安らかな寝息を立てている。
ギルアスは、右手をリアムの顔に近づけた。このまま、顔に押し付けて鼻口を塞げば、リアムは死ぬ。
ギルアスの冷たい目がリアムを見下ろす。長い間封じ込めていた感情が蓋を開け、ドロドロと這い出てくる。否、敢えて蓋を開けた。
その時、押し潰す程の殺気が、ギルアスの体に覆いかぶさって来た。
ギルアスは、息を飲んだ。寝ていた筈のリアムが、金色の目をぎょろりと見開いて、こちらを見ている。
ギルアスの右手が、震え出した。
まさか・・この俺が・・怯えているのか?
ギルアスは、痺れた様に静かに右手を引いた。
リアムの目はゆっくりと閉じられ、何もなかった様に寝息を立てた。