序 傅と乳母
短髪つんつん頭になったギルアスは、さっそくリアムに会いに月の宮へ向かう。
ぼーぼーだった髭もキルワに剃られて、すっきりさっぱり無くなった。
魔王の城には多くの宮があり、子供たちは各々の宮に侍従と共に一人ずつ住んでいた。
子供が一人生まれる毎に、宮が一つ建つ訳だ。これらを作るのは魔界の洗礼を受け、従順化された人間の奴隷だ。人間からすれば、敵の本拠も本拠だが、歴史の中で幾度かあった反乱は、まだ成功した試しがない。
ギルアスは、リアムの部屋の前に来た。
中を見ると、魔王の応接室よりは狭かった。
深い紅色の絨毯の敷き詰められた部屋の中央に、小さなベッドが置かれ、傍に乳母がいる。
”王の乳母”族――。
乳房の大きい、首から上が黒猫の姿をした由緒正しい女族だ。
乳母のミイムは、ヴァスタ族の娘だった。
初代の魔王はヴァスタの者によって守り育てられた伝説がある。
しかし幾度となく勢力争いに巻き込まれ、今では忘れられた存在となっていた。
シザーズのキルワといい、俺を呼んだ事といい、魔王は、はぐれ者がお好きの様だ。
「何の用ですか?」
こちらを見向きもせず、ミイムが訊いた。
「この度、傅を仰せつかったギルアスと申します。お見知りおきを」
ミイムが勢いよく振り返った。体のラインがはっきりしたタイトな黒い服越しに、ギルアスの頭位ある二つの大きな乳房の形がくっきりと浮かんでいる。
彼女の緑青色の目が真っ直ぐにギルアスを見た。ギルアスは、内心どきりとした。
「あんたか」
「私をご存知で」
「一族の間じゃ有名だ。八百年前の魔王大戦の時、たった一人の魔王子を守る為に、独りで千人の魔族と戦った」
「それ、大分話膨らんでます」
「そうなの?」
「いやあもう、独りで千人なんて嘘ですよ、嘘」
「ふうん・・。まあ、その髪、似合ってる」
「どうも」
ギルアスは、どうやら、中に入ることを許された様だった。ゆっくりとリアムの眠るベッドに歩み寄る。
中で無防備に眠る赤子をその目で見て、驚いた。
「まだ小さいな。俺の片手位の大きさしかねえじゃねえか」
生まれたての魔王子は、鼻も口も目も耳もあらゆるものが小さく、息をしているのかも良く分からない、簡単に壊れる硝子細工のように繊細で弱々しかった。
「予定より早く生まれたらしい。あたしの乳もまだ飲めない。ねえ、あたしの乳、人間にあげて大丈夫なの?」
「大丈夫だ。俺も人間の子供育てたことある」
「まじ?」
「高位魔族と人間の体は中身の作りに大差がないから大丈夫だ」
「そうなんだ」
ギルアスは、ミイムの胸を見た。
「立派な乳だ。きっとよく育つ」
「こんなの、普通だよ。もっとデカいやついくらでもいるよ」
「そうか・・・。お前、胸が張って苦しくないか?揉み出してやろうか」
「大丈夫だよ、まだ張ってない」
「それでかよ・・。なあ、谷間に顔うずめていいか?」
「何言ってんだ、あんた」
「揉みてえな。揉ませてくれよ。宜しくやろうぜ」
ふらふらとミイムの胸に吸い込まれていくギルアス。
「フシャーッ!!」
ミイムの鋭い爪がギルアスの顔をバリバリと引っ搔いた。
「指一本触れてみやがれ。マジ殺すゾォラ!!」
「はい」
血だらけの顔で、ギルアスは答えた。