17.別れ
解任された傅と乳母は、黙って廊下を歩いている。
先にギルアスが口を開いた。
「残らないのか?側室として。陛下はミイムの事、まんざらでもないと思うぞ」
ミイムは、くすりと笑った。
「柄じゃないよ」
「そうか」
暫し沈黙が続いて、またギルアスが口を開く。
「俺が貰ってやろうか」
「は?なんでそうなるの?」
ギルアスは、足を止めた。
ミイムも思わず足を止める。
ギルアスがミイムを見る。
「俺んとこ来いよ」
「いや・・別に行く当てがない訳じゃ」
「俺を捨てて番のもとに戻るのか」
「あんたのモンになった覚えないし」
「助けてやったじゃねえか」
「助けてなんて言ってない」
「お前!」
「にゃによ!」
一瞬の沈黙。
ギルアスは、真剣な顔でミイム――の胸を見る。
「お前の胸が欲しいんだよ」
「胸だけかよ」
「ギルアス!ミイム!」
ふいに、リアムの声が響いた。
二人は、振り返る。
リアムは、必死に走ってこちらにやって来る。息を整える間も無く、ミイムに飛びついた。
ギルアスが、ぎょっとして目を見開く。こいつ!絶対敢えてやってるだろ!!色魔王の息子が!!俺の胸を横取りしやがって!!
ミイムは、リアムを胸に抱き留めると、膝を折って、抱きしめた。
「リアム様」
ただ愛しかった。離れたくなかった。
自分の望みとは裏腹でも。裏切るような真似をしておいて、それでも。
「ミイム・・苦しいよ」
「あっ」
ミイムは、慌てて両腕をほどいた。大きな胸の谷間から、リアムが顔を上げる。
リアムの黒い瞳が潤んでいた。
「責任とか、要らないよ」
「もうご存知なのですか」
「俺が話した」
ギルアスが、口を挟んだ。
ミイムが、固い顔でギルアスを見上げる。
「雇い主は魔王陛下だが、当事者はリアム様だ。覚悟を持ってもらう為にも、先に話した」
ミイムは、無言だった。
「ミイム」
リアムは、涙を堪えて、ミイムを見つめた。ギルアスの前で、行くなとは言えないから、目で訴える。
ミイムは、苦笑を浮かべた。随分、強かになられた。
「リアム様は、立派な魔王子になられました」
「ミイム、僕はまだ・・」
「リアム様は、私に母君を見ておいでです。ですが、私は、母ではありませんし、母君はもういらっしゃいません」
リアムは、黙って俯いた。
ミイムは、微笑む。
「殿下」
リアムは、顔を上げた。
「貴方は魔王になるお方です。それだけの力があります。その日を待っていますよ」
リアムは、何も言えなかった。
ミイムは、もう一度微笑むと、すくりと立ち上がり、リアムに背を向け歩き出した。
リアムは、止める事が出来なかった。
リアムは、傍らのギルアスを見上げた。
ギルアスは、大きな笑顔をみせ、跪いた。
「今まで、ありがとうございます。私共は、これにてお暇致します」
そう言って、頭を垂れた。
リアムは、とっさに、ギルアスから教わった作法を思い出す。
小さな両手が、ギルアスの頭に添えられる。
唇を近づけ、そっとキスをした。
ギルアスは、不覚にも目頭が熱くなった。
微笑んで、何事も無かったように顔を上げる。
リアムの目の涙は乾いていた。その顔に、覚悟が滲んでいる様にも見えた。
当てにはならないと思いながらも、ギルアスは、潔くリアムに背を向け、去って行った。