序 傅と理髪家
ギルアスは、自分の顔を覆っている前髪を手で左右に分け、掻き上げた。小皺の多い、髭面のおじさんが現れる。
「次の魔王、そう仰いましたか」
魔王は、妖しく微笑む。
「そうだ。リアムは強大な魔力を秘めている。あれを死なせるのは魔界の損失だ。よって、お前が守れ」
ギルアスは、内心、大袈裟に言うなと思ったが、
「話は分かりました」
と、ひとまず答えた。
「ところで、この城に”理髪家”はいますか?」
そんな訳で、今、ギルアスは、魔王の城の応接室で、銀色のクロスを被せられ椅子に座っている。両手指が刃物の一族、シザーズのキルワに髪をカットされていた。
キルワは、涼し気な目つきで、黙々と指を動かしている。彼の黒い長髪は、自分でセットしたのか、焔の様に逆立っている。
勢い余って俺の首も落とすんじゃないか。ギルアスが、そう不安になる位、キルワは手際良くバサバサと髪を切り落としている。
「少しは残せよ」
「はい」
「ちゃんと見てるよな」
「はい」
「・・・」
「はい」
「何も言ってねえぞ」
「心の声が」
「なんて言ったよ」
「こいつ大丈夫か」
「当たってる」
「はい」
魔王も変わってるが、こいつも変わってる。
「ヴァルディシオン様は、素晴らしい方です」
ふいに、キルワが言った。
こいつまた読んだな。
「そうかい」
「私は、指が刃物なだけで、普段は大人しいんですよ。まあ、誰にとは言いませんが、昔は雇われて暗殺稼業をしていた事もありますけど。若気の至りです」
「それ、充分大人しくねえから」
「でも、ほんの十年くらいです。それも随分前の話なのに。見た目のせいでしょうね。人間に危ない奴と思われて殺されそうになっていた所をヴァルディシオン様に助けて頂いたんです」
「・・・」
「人間は小賢しいですから。こいつ倒せそう、と思ったら、すごい勢いで来ますから」
「人間にビビッてどうするんだよ」
「だって、私、ただの理髪家ですから」
「・・まあ」元暗殺者だが。
「今は違います」
「お前、読むなよ」
「読まなくても分かりますよ。このくらい」
「なんで」
「空気で」
「・・・」