11.死と乙女
リアムは、嵐の宮の庭へと出て行った。
広い、土の庭。
見渡す限り、暗い闇夜だが、リアムには、景色がはっきりと見えていた。
リアムは、暗闇で視界が利いている事に、今初めて気が付いた。ぞくぞくと、背中が寒くなった。
僕、やっぱり普通の人間じゃないんだ・・。
リアムは、固い顔で立ち尽くした。見知らぬ自分が恐かった。
ずしん。
遠くで、重い足音がした。
ずしんずしんと、音が早くなり、移動していた。
リアムは振り返った。
「あっ!」
顔に大きな一つ目と口しかない巨人がこちらに向かって走っている。
ずしんずしんずしん!
リアムは、巨人の大きさに口をあんぐり開けた。驚きと恐怖の余りまったく動けない。
どれだけ大きいの?父さんの何倍もあるよ?!
「グオー!!」
巨人が、雄叫びを上げる。巨体の、走る速さが早くなる。
「!!」
巨人は、あっという間にリアムの目前にまで迫って来た。その時、
「ゲガアッ!!」
森の中から、ゲガが飛び出してきた。勢いを活かして大きく飛び上がると、ヌメヌメ胃酸を巨人の顔に吐きかけた。
「モォァ!!」
ゲガの胃酸が巨人の顔にどっぷりとまとわりつき、巨人の視界が遮られた。巨人は、両手で取り除こうともがくが、ヌメヌメ胃酸は粘性が強く、上手く取れなかった。
着地して巨人を見上げたゲガは、顔を顰めた。こいつ、目に痛みは感じていないのヨサ。これ以上はやりようがないのヨサ・・。
「リアム!引き上げるのヨサ!」
「え?!何で?」
「いいから引き上げるのヨサ!」
ゲガは、必死になってリアムを森に戻そうと叫ぶ。
リアムは、戸惑いながら、ゲガの気迫におされて踵を返した。
だが。
「モオオ!!」
目の見えない巨人が、闇雲に振り回した右拳が、リアムに直撃した。
「がはっ!!」
「リアム!!」
リアムは、吹き飛ばされ、倒れた。
ゲガが、慌てて駆け寄る。
「リアム!」
リアムは、意識を失い、一見呼吸が無いように見えた。青い顔をしていた。
いかんヨサ!
「リアム!」
ゲガは、自分の太く長い舌をリアムに巻き付かせ、抱えて背中に乗せた。
その時、
「モォオォ!!」
巨人が、大きく咆えた。
巨人は、ふいにしゃがみ込むと、自分の顔を地面に擦り付け始めた。地面との摩擦でヌメヌメ胃酸を取ろうとしているのだ。
ゲガは、リアムを落さぬよう、しかし迅速に森へと向かう。
「モォ!!」
ゲガの背後から、砂の飛礫が横殴りの雨の様にぶつけられた。
「!?」
「モー!!」
巨人が、顔を地面に擦り付けながら、両手でも地面を掻くようにして砂飛礫を投げていた。それはまるで地面を泳いでいる様なおかしな姿だった。
ふいに、巨人の動きがとまって、巨人は顔を上げた。
巨人の顔は、皮膚が擦り剝けて、黒い血が滲んでいた。そこに地面の土が付いてどろどろになっている。しかし、顔を覆っていたヌメヌメ胃酸は、跡形も無くなっていた。
「ンモォ!」
巨人の、組んだ両手がゲガの頭上から振り下ろされる。
「くっ!」
ゲガは、とっさに左側に跳躍し回避する。背中に乗せたリアムの身体がふわりと浮き上がって落ちそうになる。
「リアム!」どうにも出来ず、ゲガが叫ぶ。
その時、走り来た黒い影がリアムの体を受け止めた。
「?!」
ゲガのすぐ傍で、巨人の組んだ両手が地面にめり込む。
黒い影の人物は、柔らかく着地すると、両腕にリアムを抱えたまま、彼の顔を覗き込んだ。
「リアム様」
ゲガは、その人物を見た。首から上が黒い猫。下は黒ずくめの人間型のシルエット。何より豊かにも程がある胸部の二つの乳房の存在は、胸の前にリアムを抱えていても分かる程大きかった。
噂に聞く”王の乳母”族なのヨサ・・!
「初めて見たのヨサ・・」
ゲガは、ヴァスタの乳房を見て、あれがもぎ取れるような食いもんだったら良かったのにと、残念に思った。