序 伝説の傅
短編「剣士ミリアム、死して魔王に溺愛さる」の前日譚的な話です。
魔界。
人の世界と、特別な扉で繋がる、闇の世界。
多種多様の魔族を統べる魔界の王、ヴァルディシオンは、一計を案じていた。
魔王の城の、玉座の間に、その男は現れた。
伝説の傅、ギルアス。
長い髪と髭が黒々としているが、聞いた話が本当なら千歳を超えている。ちなみに、魔王は黒髪長髪・金色の目のイケメンで、見た目は人間の二十代くらいの男に見えるが百歳を超えている。妻は二十人いる。子供は三十人いたが、もう十人しか生き残っていない。
男は、髪と髭を伸ばし放題にしていた。これが、すっかり顔を覆う程の長さで、ぱっと見、誰だか、口が何処にあるのかも分からないモフモフ状態だった。
魔王は玉座から、恐ろしい目で男を見下ろす。
「お前、本当にギルアスか?」
「はあ」
くぐもった男の声が返ってくる。
魔王は眉を吊り上げた。
「門番は仕事をさぼっていたようだ。あとで始末しておこう」
「はあ」
「俺の前に出るのだ。髪くらい切って来れんのか」
「面倒で」
と、飄々とした声。
魔王は顔を引きつらせる。
「面倒だと。お前は本当にギルアスなのか」
「はあ」
「はあ、じゃない!ギルアスか、そうではないのか、どちらだ!?」
男は、ふっと鼻で笑った。顔が隠れていても、笑われたのは分かった。
魔王は、冷酷に男を見た。
「お前、今、私を嘲笑ったか?」
「はい」
男は、はっきりと答えた。
魔王は、怒りを露わにする。
「どうやら殺されたいらしい」
「私が必要だから、呼ばれたのでは」
男の切り返しに、魔王は黙り込んだ。
「傅が必要というのは、よほどの状況です。魔界では滅多にそんなもの付けませんからね」
「・・・」
「息子の名前は?」
「リアム。まだ、目は開いておらぬ」
「今は乳母ですか」
「ああ。・・・人間との子だ」
男は、ぴくんと頭を上げた。
「・・左様で」
「人間の子供は脆弱だ。守らねばならぬ」
「何故?」
魔王が支配している人間を守るのか?―――魔族の者として、その質問は当然だった。
魔王は、にやりと口元に笑みを浮かべた。
「次に魔王となる者だからだ」