6:シタガウル領内の森
※本作に登場する鳥知識はフィクションです。
フェニキア鳥聖国には多くの山がある。
その中でもひときわ大きな山がコーカサスの岩山と呼ばれる円錐状の火山だ。
神が鳥聖国の始祖に天上の火を与え、始祖がその火を邪悪なものから守るためコーカサスの岩山の中に隠したとされている。
そしてフェニキア鳥聖国が邪悪なもの、つまりは龍に襲われたときに国を守ったのが火を纏った聖なる鳥、不死鳥である。
この不死鳥はコーカサスの岩山に隠された天上の火から生み出されたとされている。
つまり、不死鳥テイムの王命を仰せつかった俺にとってはコーカサスの岩山こそが最終目的地と言える。
だが幸い…じゃなかった、不運なことにコーカサスの岩山はシタガウル男爵家に接していない。
そんなわけで、俺はアンジェとともにコーカサスの岩山とは似ても似つかない、標高の低い山の麓にいる。
飛脚鳥という騎鳥に乗ってゆったりと湖畔を目指して進む。
目的地が湖畔であることに大した意味はない。
この外出は労働体裁づくりと、不死鳥テイムの王命を発端として生じた各種ストレスを癒やすためのものだ。
森の湖畔なら鳥が多いため、バードテイマーの仕事をしている体裁が取れるし、豊かな森と静謐な湖畔は人に癒やす。
「たまには仕事抜きで森を散策するのもいいものだな。」
アンジェが言う。しかし悪いがまるで同意出来ない。
「も、森ってやっぱり遮蔽物多いよな。葉っぱが茂って日が射さない。薄暗い…、暗殺者が隠れやすそう」
実家のベテラン使用人ステフに「働けニート、さもないと殺す」と脅されやむなく引きこもり生活を脱したわけだが、軍閥の貴族に暗殺者を送られていやしないか今も不安だ。
「大丈夫だ安心しろ。私がいる」
アンジェの言葉に胸が高鳴る。やだ頼れる!かっこいい!
たしかに護衛のアンジェもいるし、屋敷の外に出てしまった以上、不安に思ったところで俺にできることはない。
「そうだよな!アンジェがいるもんな!暗殺者がなんぼのもんじゃ!かかってこい!」
俺の臆病な内心を振り払うべく、あえて気丈に振る舞った。
「そうだトリガー!その意気だ!」
アンジェも乗っかってくれる。
見方を変えればアンジェとのデートだ。切り替えていこう。
そう思ったところで不意に何かが首筋に当たった。
「ひぇっ!」
ゾワっと悪寒が走る。
「あ、暗殺者だ!助けてアンジェ!」
「落ち着けトリガー、虫だ」
アンジェの声に平静を取り戻す。視線の先にはまあまあ大きい蛾だ。
「ひぇっ!?」
それはそれでキモい。これが俺の首筋に触れたのか?
俺の動揺ぶりにアンジェの冷ややかな視線が突き刺さる。たまらねえぜ
少し無様を晒してしまったものの、行程は順調だ。
周りを見回しながら進むアンジェは案外楽しそうだ。確かにウチの領地の森は独特な植生を有している。目新しい部分もあるかもしれない。
「見ろあれはなんだ?木の幹にどんぐりが埋め込まれている!」
アンジェが指差す方に視線を向ける。その木の幹には、なるほど、無数のどんぐりが所狭しと埋め込まれている。
「ああ、キツツキだよ。あいつらはああして食料を隠して保管するんだ」
木をつつくからキツツキ。単純な命名をされた、木をつつく鳥だ。餌の保管のためだけじゃなく、自身の巣穴も木にほったりする。
「隠れてないが?ああ、きっと他の動物には盗み出せないような工夫が…」
むき出しのどんぐりに対してアンジェが目をキラキラさせながら疑問を口にする。
かわいい。
よし俺がいっちょ鳥の不思議ウンチク教えてやるか。俺は善意の下、意気込んで答えた。
「いや、あいつら馬鹿だから隠せてないだけなんだ」
「え?ああ、そうなのか?」
「ああ。わりと頻繁にリスとかに盗まれてる。それが原因でけっこうリスと喧嘩してるぞ」
「…そうか。まあ、あんなに木をつついていたら脳への衝撃は凄まじいだろう。バカになるのも無理はないか」
「いや、順序が逆。脳が小さく単純すぎて、木を突く衝撃が問題にならないんじゃないかと言われてる。」
「そ、そうか」
「昔はキツツキの長い舌が、頭蓋骨を覆うように収納されるという特殊な構造が注目されて、舌が衝撃を吸収していると言われていたけど、最近、舌はあまり衝撃吸収しないとわかったそうだ」
「…」
アンジェは心なしか、すこしどんよりとしている気がするが、思い違いだろう。俺はアンジェの疑問に答えてやれたことに満足する。
「見ろ。何だあの青い鳥は!羽ばたきの回数がすごい。だがどこか忙しないな」
「ハチドリだよ。まあ、忙しなくもなるよ。常に食料を取り続けていないと餓死するらしいから」
「え?」
「羽ばたくのにすごいエネルギーを取られるらしい」
「そうか…」
俺が適切な返答をする。だが、何故かアンジェのテンションはどんどん下がっていっている気がする。
「おい!あそこコウモリが木に停まっているぞ!洞窟に住んでいるわけじゃないんだな。ここは本当に鳥が多いな!」
「いや、コウモリは鳥じゃないよ」
そう答えたたところで何故かアンジェが飛脚鳥に乗ったまま掴みかかってきた。
「お前!私の感動を台無しにして楽しいか!」
「うわっ、なんだよ。!なんで怒るんだよ!疑問に答えてやってるんだろ!痛い痛い痛い!ヘッドロック痛いって!」
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