57:ゾロア・アフリマンの過去
ゾロア・アフリマンは聖火教の古い祭祀の一族に生まれた。
その一族は、不死鳥信仰が成立する以前の、太古の教えを、今なお厳格に守り続けている。
現行の聖火教と決定的に異なる点は二つ。不死鳥への信仰が薄いこと。そして、天職持ちそのものを神聖視しているという点だった。
中でも彼らは火炎術師を最も崇拝していた。
ところが皮肉なことに時代が下るにつれ、一族に生まれる天職持ちは年々減少していった。
そしてゾロア・アフリマンが産声を上げた頃には、すでに一族の中に天職持ちは一人も存在していなかった。
ゾロアは珍しい一族の生まれだが、その一族の中においては平凡な家庭に生まれた。
天職は持たないが、しかし敬虔に教えを信じ従う両親に愛され、厚く薫陶を受けながら育った。
初めて授かった子だったこともあり、両親の期待は大きかったのだろう。
天職を授かることを熱望されながら成長していった。
天職を見抜く聖遺物、神眼。
それは国家によって厳重に管理される、希少な聖遺物である。
天職持ちを神聖視する教義を掲げる一族であっても、この神眼の機会に関しては例外ではない。特別に優遇されることも、冷遇されることもなく、ただ順番が平等に巡ってくるだけだ。
ゾロアが神眼の前に立った日も、そうした数多の儀式の一つに過ぎなかった。
だが、その結果は、彼の人生を決定的に歪めるものとなる。
ゾロア・アフリマンは、天職持ちである。
その宣告だけならば、喝采と祝福が降り注ぐはずだった。
しかし、神眼が示した天職は、人々の期待を裏切るものだった。
悪魔召喚士。
静まり返る空気。
祝詞は途切れ、祈りの炎は揺らぎ、ざわめきが恐怖へと変わっていった。
天職持ちは神の祝福を受けし存在である。
だが悪魔を召喚する悪魔召喚士という天職は、聖火教のいかなる教義にも記されていなかった。
それは神の使徒なのか。それとも災厄招く忌むべき存在なのか。
疑念は恐怖を生み、恐怖は排斥を生む。
一族の者たちは、次第にゾロアから距離を取り始めた。
そこには純粋な畏れだけではなく、選ばれなかった者たちの嫉妬も混じっていたのかもしれない。
そして、最も残酷だったのは、両親の変化だった。
当初、彼らはゾロアを褒め、庇い、天職を授かった我が子を誇ろうと努力した。
だが、第二子、弟が生まれてから、その態度は目に見えて変わっていった。
かつてゾロアに向けられていた温かな眼差しは、いつしか弟に注がれるようになり、ゾロアには冷え切った視線だけが残された。
それでも彼のには、仄かに昏い期待があった。
弟に天職が現れなければ、きっとまた自分を見てくれる。
ゾロアが十二歳になった年、弟は神眼によって「天職なし」と宣告された。
「残念だったな」
「気落ちしないようにね」
口ではそう言いながら、弟を励ます両親の瞳には変わらず慈愛の色が濃く宿っていた。
ゾロアは悟った。
もう二度と、両親の愛が自分に戻ることはないのだと。
神に選ばれたはずの天職は、彼にとって祝福ではなく、人生を歪ませる呪いだった。
やがて、一族を感染症が襲った。
致死率の高いその病は、瞬く間に広がり、一族を存亡の危機へと追い込んだ。
弟も感染した。
両親は取り乱し、祈り、焦燥に駆られた。
その光景を前にして、ゾロアは思わず口にしてしまった。
悪意などなかった。ただ、胸に浮かんだ考えを、そのまま零しただけだった。
「まるで、最後の審判みたいだね」
最後の審判。
それは今なお聖火教に残る終末思想。火が悪しき者を焼き尽くし、善き者のみが楽園に残るという教えだ。
高熱を伴うこの病を、無意識に「火」と重ねて見ていたのかもしれない。
だが、その一言は両親を激昂させた。
弟を「悪しき者」と揶揄したと受け取られたのだ。
その怒りと誤解は、歪んだ形で一族へと伝播した。
やがて囁かれ始める。
この災厄は、ゾロアが招いたのではないか。
悪魔の天職を持つ者が、病を呼び寄せたのではないか。
恐怖に追い詰められた群衆は、生贄を求める。
ゾロアは、打倒すべき敵となった。
大人たちからの暴行が降り注ぎ、その中には、病で弟を失った両親の姿すらあった。
絶望。恐怖。死の気配。
追い詰められたその瞬間、ゾロアは無意識のうちに天職の力を行使していた。
病で死んだ一族の者を生贄として悪魔を召喚した。
現れた悪魔の力で襲いかかる大人たちを行動不能に陥れ、さらにその命を次なる贄へと変えていく。
贄の中にはゾロアの両親も含まれていた。
この時、初めて召喚された悪魔。
それが、タチヨタカの姿に擬態する悪魔、デーウであった。
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