55:生贄の儀式②
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。
カエンは恐怖にすくむ身体にむち打ち、儀式の祭壇のある森閑の塔へと歩を進めていた。
刻一刻と不死鳥孵化の儀式の時間は近づいている。
かつては深い森に覆われ、人の立ち入りを拒む秘境だった。
しかし、今やその面影はどこにもない。
森は切り払われ、地肌を露わにした大地の上に、急ごしらえとは思えぬほど宗教的装飾を施された簡易神殿が建てられていた。
白い石柱。
神話を模した浮き彫り。
火と鳥を象った文様が、隙間なく刻まれている。
神殿の内部は外観に反して簡素だった。
広々とした空洞が広がるだけで、祭具らしいものは見当たらない。
ただ、中央に、地下へと続く階段がぽっかりと口を開けていた。
森閑の塔などと呼ばれているにもかかわらず、儀式の場となる祭壇はどうやら地の底深くに鎮座しているらしい。
深く、昏い地の底を目指して、螺旋を描きながら続く石造りの階段を下っていく。
足音がやけに大きく反響し、それがまるで、自分の心臓の鼓動と重なって聞こえた。
逃げ道は、もうない。
そうして辿り着いた地下空間。レンガによって整備された通路には松明によって明かりが確保されている。
この通路には整備の時間が取れなかったのか、粗が目立つ。
いよいよ儀式の間の入口が見えてきた。
収まっていた震えがまたぶり返す。
カエンは知れず回顧した。
思えばろくでもない人生だった。
親に捨てられ、物心ついた頃には孤児院にいた。
優しく育ててくれた院長の不正を幼い正義感で摘発した。
まさか処刑されるなんて思ってもみなかった。
ましてや孤児達が不自由なく暮らせてたのがその不正のおかげだったなんて…。
世界は思っていたよりもずっと複雑だった。
アインの生贄に我が身を差し出すのはもしかしたらその罰なのかもしれない。あるいは贖罪のために自己犠牲を払いたいだけなのかもしれない。
偽善にして欺瞞。
けれど少なくともアインの命は救われる。
恩人を死に追いやった罪悪感は清く幼い命をの身代わりとなることで雪がれる。
これは禊なのだ。
結局アンジェやトリガーとは言葉を交わさぬまま来てしまった。
ひとえにカエンが避け続けてしまったからだ。
言葉を交わせば決意が揺らぐ。
初めてできた友人だから。
通路を抜けて開けた空間、儀式の間に出た。
儀式の間は地下とは思えないほど広く天井が高い場所だ。壁面には観覧席のようなものが設置され、万が一の際には安全に逃亡できるよう設計されている。そしてその最奥、壁面の洞穴に祭壇がある。
「なぜカエン・バーナーがそこにいる!?」
遠く、しかし確かに耳に届く怒声。ざわめきが波のように広がり、観覧席が一斉に騒がしくなる。
カエンが身に纏うのは生贄と一目でわかる白装束。
どうやら生贄の変更を知らされていなかったらしい。しかし、遅れて疑問が湧く。今の声は教皇たる国王陛下の玉音ではなかったか。
国王をはじめとする権力者たちは、この国家事業の成否を見届けるため、命の危険を承知でこの場に臨席している。
もっとも、不死鳥が暴走した場合に備え、祭壇からは可能な限り距離を取った観覧席だ。声が反響し、誰のものか断定できない位置でもある。
あり得ない。教皇を兼任する国王に生贄の変更が伝えられていないなど。
国家を挙げた儀式で、そんな致命的な伝達漏れが起こるはずがない。
けれど、今更確認のしようもない。儀式の時間は目前だ。そして何より、万が一にもアインが生贄として連れ出される事態だけは、絶対に避けなければならない。
「儀式を開始します」
アフリマン枢機卿の宣言が地下空間に響いた。観覧席のざわめきなど、意に介した様子もない。
他の重鎮たちが安全圏から見下ろす中、アフリマン枢機卿だけは違った。
不死鳥の祭壇が据えられた、最下層に立っている。
カエンは白装束の裾を、無意識に握り締める。
「さあ、カエン前へ」
カエンはアフリマン枢機卿の導きに従い、石畳を一歩ずつ踏みしめながら、最奥に据えられた祭壇の前へと進み出る。
祭壇の上には、すでに儀式のための捧げ物が整然と並べられていた。
ヤモリの目玉、山羊の頭蓋骨、蝙蝠の翼手、ワイバーンの血。
そして火を纏い、暗闇を照らす不死鳥の卵…。
すでに不死鳥孵化の儀式のための捧げ物は祭壇に供えられている。
「聖句を」
アフリマン枢機卿が促す。
(……いよいよね)
恐怖が胃の腑からせり上がってくる。喉がひくりと鳴る。覚悟は、もう決めたはずだった。
「さあ」
カエンはアフリマン枢機卿の再度の求めに応じて、短く息を吸い、口を開いた。
瞬間、
『ピギャーっ!赤カス!コラァ!』
場違いな囀りが響き渡った。
「アフリマン枢機卿!生贄の変更について国王の耳に入れていないとはどういうことか!!説明願おう!」
「アンジェ!?」
振り向いた先には、信じがたい光景があった。火を纏ったヤキトリの背に跨った聖騎士、アンジェが強引に割って入ってきたのだ。
「困りましたね」
アフリマン枢機卿はやれやれと肩をすくめ、ため息をついた。
「やはり飛脚鳥の入室を許可するべきではありませんでしたね」
その口調は穏やかで、愚痴めいてさえいる。だが、苦笑を浮かべるアフリマン枢機卿の目は、少しも笑っていなかった。
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