53:生贄候補⑤アンジェの暴走
アイン生贄の代案が見つからないまま、それでも現実は容赦なく迫る。
もはや龍帝国を相手に手痛い敗北を喫したこと。その原因がドラゴンであったことは衝撃とともに全国に伝わっている。同時に新たな希望として不死鳥の卵と孵化の儀式も大々的に布告された。
儀式の地であるコーカスの岩山にはより一層厳重な警備が布かれ、動員される人も物資も日とともに指数関数的に増えているらしい。
気づけば万を超える勢いで増殖したヤキトリの仔達もコーカサスの麓に立ち入る権利を与えられて、かの地に集結させられている。
以前はヤキトリの仔すら龍帝国の工作員対策の名目で立ち入りを禁じられていたが、警備の増強に伴いついに許可が下りたようだった。
ヤキトリの仔もヤキトリ同様、火と人語が操れる様になり、いずれは不死鳥へ到達することが期待されている。不死鳥孵化の儀式が成功しなかった場合の予備である。
儀式の日が近づくに連れ、儀式の当事者だけではなく国全体に言葉にしがたい緊迫感のようなものが強まっていくのを感じていた。
これまでカエンを筆頭にアンジェと俺と占いババアでアインを生贄にしない方法を考えてきた。煮詰まりすぎて、アンジェが暴走したほどだ。
それは屋敷の広間で俺とアンジェが二人で何気ない時間を過ごしているときのことだった。
「アインの生贄の件、本当にどうにかならないのか」
アンジェはともすれば縋るようにも聞こえる声音で俺に問いかけた。
「占いババアだってお手上げだったんだ。運よく別の候補が見つかることを祈るしかないだろ」
俺はアインの顔を思い浮かべ、心に疼痛を抱えながらも現実を口にした。
そんなことはアンジェにもわかっているようで、
「そうだな。すまない。今までお前に頼りきりだったな。少し自分でも考えてみよう」
アンジェはそう自省して自ら話しを打ち切った。そして俺はそのまま自らのやるべきことに手をつけた。
「それはそうと、お前はなぜ荷造りをしている?」
俺の行動を怪訝に思ったアンジェが聞いてきた。
「決まってんだろ!逃げるためだよ!国外逃亡だ!」
「こんなときに突然どうした!?なぜ逃亡という話になる!?」
「俺も結構ピンチなんだよ!不死鳥の儀式が成功したら次は即座に俺のテイムの番だよ。孵化したての不死鳥の情報なんてないから危険度不明なんだよ!命の危機!これは逃亡を考える正当な理由にはなりませんかぁあ!?」
不死鳥の孵化後は俺の役目だ。即座にテイムしなければならない。
神話に登場する神鳥とはいえ、所詮は化物。人を襲わぬ保証はない。
不死鳥のテイムには命の危険がある。
つまり、現在国のために命を散らしそうな奴第二位がこの俺なのだ。
「お前というやつは…。あんな幼い少女ですら自らの命を国家に捧げようとしているというのに…」
「子供だから正常な状況判断が出来ていないだけだ!普通に考えて嫌だろ!俺は自分の命が守られるから国家に服従しているんだ!」
「落ち着けトリガー。お前が不死鳥をテイムしようとするときには私が守りについている。私がお前を守るし、仮にお前が死ぬとしたら、その時はすでに私も死んでいる」
「何が安心なんだ!一緒に死ねば怖くないだろうってことか!?いくらアンジェが相手でもそんなわけないだろ!死ぬのが嫌だっつってんだ!可能性があるだけで嫌だ!」
「いや、私にも死のリスクがあることが言いたくてだな。お前だけが不平等にリスクを負わされているわけではないことが伝えられれば少しはお前の不満も低減されるかと思ってだな…」
そんな話をしていたところ、唐突に予期しない闖入者が現れた。
「助けてください!」
それは今最も憐憫と期待を集める少女、アインだった。
俺とアンジェは言い争いで夢中になって気づいていなかったが、普通に使用人が招き入れたようだった。
アインは硬直する俺とアンジェに構わず続けた。
「どうしよう!私の代わりにカエンちゃんが生贄になるって!!」
その言葉に俺とアンジェは激しく動揺した。
「どうする!トリガー!まさかカエンが!」
「待て!落ち着け待て!」
アインの生贄にも心動かされたものだが、カエンが生贄になるかもしれない衝撃はそれ以上だった。
アインはいじらしい子供だが、カエンの方がなんだかんだで共にする時間が長かった。ともにワイバーンと戦い、戦友のような絆すら芽生えている。
焦燥のなか、俺はカエンを助ける名案がひらめいた。
「よし。バージェスを襲って暴行しよう!回復の見込みのない怪我を負わせればドラゴンに対抗するという奴の価値は失われる!生贄にできる!」
「よし来た任せろ!」
いつもは止める立場であるアンジェも混乱しているのか俺の提案に乗ってきた。
「え?なんでカエンちゃんを助ける話が人を襲う話になってるの?」
迷走する俺達の会話を聞いて混乱するアイン。
「まあ、そうだな。暴力での解決は短絡すぎたな。アンジェ、ちゃんと考え…、アンジェ?」
混乱から冷めた俺とは違い、アンジェはどうやら暴走を始めたようだった。アンジェの姿は気付いたときにはすでになく、俺は慌ててヤキトリを呼び出し、アンジェの暴走を止に走ったのだった。
後から聞いたことだが、アンジェは問題の解決に向けて自らが力になれていないことに強い自責の念があったようで、それが短慮な行動に結びつけてしまったようだった。
こうした迷走が続き、カエンを助ける策も見つからず、俺は国外逃亡もできず、やがて儀式当日を迎えた。
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