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51:生贄候補③

 アーダル孤児院に足を踏み入れると、まず礼拝の間がある。


 長机が几帳面に並び、床や柱は丹念に掃き清められている。しかし一方で、使い古された家具の角や机の面には深い傷や落ちない汚れがその場の歴史を物語っていた。


 孤児の子どもたちの多くはここで思い思いに過ごしているようだった。


「アインは……」


 カエンは入室早々に、その名を口にした。目は不安でキョロキョロとあちこちを探している。


 子どもたちは年端もいかない小柄な連中ばかりで、熱心に机に向かう者、窓際で鳥の羽を弄る者、廊下でじゃれ合う者と、様々だ。俺たちが入った途端、ざわりと視線が集まる。こっちを見つめる瞳が一斉に向くと、誰かが口を開いた。


「カエンちゃんがお友達を連れてきた!」


 その子の声は期待混じりに弾んでいた。


「えっ!?」


 カエンの不安げな顔が、すぐに困惑の顔に変わった。


 そのやり取りに最初は俺たちに気づかなかった子たちの視線もこちらに集まり、そしてすぐに子どもたちはカエンの周りにわらわらと群がった。


「よかったね! カエンちゃん! あたしうれしい!」


「人には仲良くしろって言ってるくせに、カエンちゃん、自分は友達一人もいないんだもんなー」


「これからは説教に説得力が出るね!」


 などと盛り上がっていた子どもたちに、ふと疑問が投げかけられた。


「あれ? でもこの人たち、前にテスカ様との顔つなぎしてくれた人たちじゃない?」


バッと子どもたちの視線が俺とアンジェに向いた。


「なんだ、利害関係者か……解散、解散!」


 その言葉に、場の空気がさっと引いた。子どもたちは蜘蛛の子を散らすように元いた場所に戻っていく。


 カエンは顔を赤らめて不満の声をあげる。


「なっ、何なのよ!」


 憤慨するカエンに俺は思わず問いかけた。


「お前、友達いないの?」


「うるさいわね! 悪い!?」


 開き直るカエンにアンジェが悲しそうに言った。


「私はカエンのことを友人だと思っていたのだが……」


「ア、アンジェ! 違うの! あたしもあなたを好意的に思ってるけど、あなたがあたしを友だちだと思ってくれてるか分からなかったから、それで……」


 慌てて言い訳をするカエン。だが、それが奏功したのかアンジェはその言葉に表情をほころばせた。かわいい。


 だが俺は場の雰囲気を無視してまた疑問を口にする。


「お前、友達じゃない可能性のある人間の家に入り浸ってたの?」


「うるさいわね!結果友達だったんだからいいじゃない!それよりアインのことよ!」


 ここでカエンは当初の目的を改めて口にして、長机で何やら作業をしている幼女に走り寄った。その幼女は青い羽をアクセサリーに加工する内職に精を出していた。


「アイン!あなた、天職があるって本当?」


 その幼女は俺達がここに来た目的、生贄候補のアインだった。


「カエンちゃん!」


 アインは長い金髪をおさげにし、くりっとした大きな碧眼が特徴的だった。カエンの名を呼ぶ声は大きく、快活な印象を受ける。彼女は言葉を続けた。


「うん、天職を授かってたみたい!よく知ってるね!さっき判明したばかりなのに」


「さっき?」


「うん。少し前にアフリマン枢機卿が来て、私たち全員の天職を調べてくれたの」


「アフリマン枢機卿がわざわざ?なんで…」


 優秀な人材の発掘は国の繁栄に直結する重要な事業であり、最もわかりやすい優秀な人材とは天職持ちのことだ。しかし、その発見と真偽の確認は非常に難しい。


 そうした天職を見抜き、確認する道具がある。国家が保有する超希少な聖遺物、通称「神眼」。十個にも満たないその聖遺物を国は年がら年中、国中を行脚して隠れた才を発見してきた。アフリマンが天職を調べたということは、彼がその権力を使って神眼を借りてきたことを意味する。国家でも指折りの権力者であるアフリマン枢機卿を持ってしても大変な難事だ。


 それだけに、わざわざアーダル孤児院のような小規模孤児院で調査が行われたことが腑に落ちない。王都にはもっと大きな孤児院がいくつもある。もしかしたら他の孤児院でも天職の調査をしていて偶然アーダル孤児院からのみ天職持ちが発見された可能性もある。しかし果たして…


 そんな思考を頭の中で巡らせていると、アインがふと、静かに言った。


「聞いたよ、カエンちゃん。不死鳥の孵化には天職持ちの生贄が必要なんでしょ? 不死鳥がいないと戦争に負けちゃうかもしれないんでしょ? 生贄が見つからないと、カエンちゃんが生贄になっちゃうかもしれないんでしょ?」


「それはっ…」


 アインの確認に思わずカエンはたじろいだ。カエンの瞳には恐怖と怯えの色が滲んでいる。アインの続く言葉を予感しているのだろう。果たしてアインは言った。


「大丈夫。怖くないよ。私、生贄になるよ」


 アインの声音には怯えが潜むものの、その幼さに不釣り合いな決然とした覚悟を感じさせた。天井の窓から薄く陽光が差し、アインを照らす。


 まるで幼き殉教者への祝福だ。


 その場にいた者すべての視線がアインに奪われていた。


 カエンの肩が小刻みに震えているのが視界の端に映る。アンジェは唇を噛み、目を伏せている。部屋の隅では子どもたちの小さく鼻をすする音がした。


 だから嫌だったんだ。


 俺はやるせなさに歯噛みしながら、アインに会ってしまったことを後悔した。

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