50:生贄候補2
「ど、どういうことですか!? アインが天職持ち!? それどころか生贄にするなんて……!」
カエンはアフリマンの唐突な提案に、顔を真っ青にして取り乱した。
アフリマンは落ち着き払った声で答える。
「やむを得ない事情ができました。まだ極秘事項ですが、我が国はドラグニカ龍帝国との戦いで、初めて敗北を喫しました」
「なっ……!?」
「そ、そんな……本当ですか、アフリマン枢機卿!」
カエンだけでなく、アンジェまで強く反応する。無理もない。アンジェの実家も出兵している。手紙を受け取ったのは最近のことだが、届くまでには時差がある。彼女の実家がすでにその敗戦に巻き込まれている可能性は否定できない。
……俺の実家も出兵している。俺だって人並みに心配している。だが、今はそれよりもアフリマンの口から極秘の敗戦情報が出た意味を考えるべきだ。
俺は予感を抱きつつ口を開いた。
「……敗北の原因は何でしょうか?」
「ドラゴンですよ」
アフリマンは淀みなく答える。
「ドラゴンを戦線に投入されたことで、優勢に進んでいた我らの軍勢は一気に押し返され、壊滅したそうです」
疑惑にすぎなかったドラゴンの誕生。それが、これで確定した。
「不死鳥の孵化、そしてテイムはもはや冗談では済まされない。今や国家の趨勢を左右する大事業となった。……言い方は悪いですが、人ひとりの命で賄えるのであれば、安いものです」
「そんなっ!?」
カエンが悲痛な声を漏らすが、アフリマンは柔和な笑みを浮かべたまま、さらりと告げる。
「それとも…、君が生贄になるかい?」
その視線を受けて、カエンはビクリと肩を震わせ、思わず身をすくめた。
アフリマン枢機卿の言葉に、反論できる者は誰ひとりいなかった。
アフリマンと別れた足で、俺たちはカエンに引きずられるようにしてアーダル孤児院へ向かっていた。
「いやだ! 離せ!生贄になるかもしれない子なんかに会いたくない!情が移ったらどうすんだよ!助けてくれアンジェ!」
俺は必死に足を踏ん張るが、カエンごときの腕力に逆らえない。
「だからアインを生贄にさせないために、あんたを連れて行くのよ!あんたの悪知恵を人のために役立てなさい!」
カエンは鼻息荒く怒鳴り、俺の腕をガッチリとホールドしていた。
「案を出すだけなら会わなくてもできるだろ!?」
「うるさい!あんたは会って情がわかないと真剣に考えないタイプでしょ!ほらアンジェも手伝って!」
「……トリガー。お前の言い分もわかる。だが、子供を生贄にせずに済む方法はギリギリまで考え抜くべきだ。そして打開策を思いつく可能性が一番高そうなのがお前だ」
アンジェまで俺の背中を押してくる。
「くそっ!アンジェまで!?あの枢機卿の提案だぞ!?そう都合よくひっくり返す案なんか出るわけないだろ!」
「案を思いつかなくても怒らないから!」
「だから問題はそこじゃないんだって!アインとかいう子供に情が湧いたらどうすんだよ!微妙な気持ちになるのが嫌なんだってば!」
必死に拒否したが多勢に無勢。結果、俺は力ずくで孤児院まで連行される羽目になった。
到着したアーダル孤児院は、思いのほか活気にあふれていた。
「おい、柱もう一本運べ!」
「屋根材足りねえぞ!」
大工たちが汗を流し、トンカン音を響かせている。外装の修繕や壁の塗り直しで、孤児院全体がせわしなく動いていた。
「うおっ!?どうなってんだ?」
「テスカ様からの例の報酬で修繕してるのよ」
カエンがしたり顔で答える。
俺は工事中の孤児院を見上げ、胸の奥に重たいものを感じていた。
こんな活気あふれる孤児院の孤児に。未来に希望が見え始めた孤児に俺たちは伝えなければならないのだ。
「お前生贄だよ」
って。
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