48:近況
「なんで止めるんだ?」
俺はアンジェに胡乱な目を向けた。
「バージェスもあれで国家指折りの精鋭だ。ドラゴンと対峙して生き残った実績もある。今後、戦争が激化したら使い道があるだろう。罪を犯したわけでもないし、命で償わせる必要はない」
「いやいや、あんだけの大失態晒したら、普通は死罪だろ」
「マスキュール騎士爵の件と違って、ただの任務失敗だ。結果的にドラゴンが誕生したのは大問題だが、死罪にするほどじゃない」
「そうは言っても……バージェスじゃなくても、生贄は必要なのよ?」
カエンの言葉に、アンジェは一瞬黙り込み、小声でぼそり。
「……知り合いは殺したくない」
「お前、自分の手を汚したくないだけじゃねーか!」
「甘いこと言ってんじゃないわよ! 国家のために命を捧げるのが騎士でしょうが! 不死鳥の孵化は国家事業よ! 任務失敗してんだから、それくらい責任取らせなさい!」
カエンの言葉にそうだそうだと追随しようとした。しかし、アンジェが肩身狭そうに縮こまっているのを見てやめた。
「まあまあ落ち着け、カエン。アンジェの気持ちもわかる。バージェスも腕は確かだし、こんなことでアンジェの好感度下げてもつまらんだろ。だから、心痛まない知らない他人を生贄に捧げようぜ」
「……仕方ないわね! でも本当に誰もいなかったら、バージェスを生贄にするから!」
こうしてアンジェの静止で、表向きバージェス生贄案は撤回された。
……まあ、俺としても、生贄が用意できて不死鳥が本当に孵化したら困るしな。
アンジェはうつむき、ぽつりと漏らす。
「確かに言い分はお前たちの方が正しい。おかしいのは明らかに私だが……私の道徳が……」
俺達がアンジェの案をのんでやったというのにどうやら、彼女はまだ何やら苦悩しているらしい。
真面目な奴ほど、道徳じゃどうにもならない状況に苦しむもんだ。
この苦悩を乗り越えて、俺にもっと寛容になってくれると助かるんだが。
「そういえば、ヤキトリはどうなってる?変化はあった?」
カエンが話題を変えた。不死鳥のもう一つの手がかり、ヤキトリの近況についてだ。
「不死鳥の卵と同じくらい、ヤキトリが不死鳥になる可能性に注目が集まってるみたいよ。ワイバーンみたいに火を纏い、人語を話すわけだし。まあ結局、天職持ちの生贄が必要になる可能性はあるけどね」
もしバージェスの報告を信じるなら、天職持ちを食ったことがワイバーン覚醒の引き金だと考えるのが自然だ。これは卵の儀式に天職持ちの命が必要という説を補強すると同時に、ヤキトリが不死鳥になる可能性も示している。
「……やっぱりバージェスを食わせるか。ヤキトリに人肉覚えさせるの嫌だけど、背に腹は代えられん」
「ちょっと!バージェスの件蒸し返さないでよ!それにあれは卵の生贄の予備よ!あんたは別の生贄探しなさい!」
「俺、身近な嫌いな奴より、見知らぬ他人のほうが罪悪感あるタイプなんだよね」
「知らないわよ!」
「まあ、でも不死鳥の卵の儀式で不死鳥が孵化すれば、ヤキトリを不死鳥にする必要はないだろ?」
なんざ誕生してほしくないが、もしテイムするなら孵化したてのほうが難易度は低そうだ。
以前はそう思っていた。だが、バージェスの報告で話がややこしくなった。ドラゴンに覚醒したワイバーンは、竜騎士の指示に従ったらしいのだ。
そうなると、ヤキトリが不死鳥に覚醒すれば、ドラゴン同様に俺の言うことを聞く可能性がある……。
まあ、どっちも推測の域だ。どちらが現実的かなんてわからない。
俺としては、不死鳥テイムはできるだけ先送りにしたい。だから、期日が決まっている孵化の儀式を先に実施し、ヤキトリの件は後回し。これが不死鳥との邂逅を一番遅らせる安全策だ。
「まあそうだけど……。逆に考えると、あんたのヤキトリが先に不死鳥に覚醒したら、あたしの使命の価値も下がるわね」
カエンの声には、使命が毀損される焦燥感はなく、怠惰な期待すら漂っていた。
以前の「聖女」の肩書きに執着していたカエンからは違和感を覚える。
「お前、前はもっと使命に執着してなかったか?」
「お金の余裕は、心の余裕を生むのよ」
ムカつくジェスチャー付きで、カエンは笑う。
……なんだその余裕ぶった顔は。
そんな俺とは対照的に、アンジェは同情的だ。
「良かったなカエン……その若さで孤児を背負い、孤児院経営までしていたんだ。追い詰められるのも無理はない。金銭に執着するのもやむを得まい。安定した収入が得られて、本当に良かったな」
「アンジェっ……!」
カエンは大げさに感動し、勢いよくアンジェに抱きつく。
アンジェも抱き返して「よしよし」と頭を撫でる。……お前ら、いつの間にそんな仲に?
居心地の悪さを感じつつ、俺は二人を眺めていたが、やがてカエンがアンジェから離れ、本題に戻った。
「で、ヤキトリのヒヨコはどうなったのよ」
「バンバン生まれてるぞ。増えすぎて飼育崩壊しそうだ」
「そうなのか!?」
アンジェが目を丸くする。護衛として俺と行動を共にしているから、ヤキトリとその雛の近況は知っていた。しかし、雛の増加がどんな結果を引き起こすかまでは専門家ではないアンジェには想像がつかなかったようだ。
「だが、国の意向でヤキトリの仔を増やしてるんだろ? つまり国が管理してるんじゃないのか?」
「うん」
「それなのに飼育崩壊しそうなのか?」
「うん」
「おかしいだろ!」
アンジェは国家に対して無根拠な信頼を抱いているようだが、国家なんて所詮は人の集まりだ。普通にバカなこともする。
「国家なんて定期的にバカなことするものよ」
カエンが俺の心の声を代弁した。
「まあ、まだ完全に管理不能ってわけじゃない。餌が足りなくなってきたけど、いよいよとなれば龍帝国との戦場に投入して数減らしもできる。バードテイマーを国中から集めてるみたいだし」
「数減らし……」
俺はフォローしたつもりだったが、アンジェはショックを受けた顔をしていた。
「あたしが聞きたいのは、火をまとったり人語を操る仔は生まれたのかってこと」
「いないね。まだコーカサスの岩山に入れてもらえてないし」
ヤキトリが見つかったのはコーカサスの岩山の麓。ワイバーンが火をまとい喋るようになったのも、岩山の聖地だった。あそこに何かあると考えるのが自然だ。
だが、聖地は立入禁止。敵国の工作員が入り込んだ影響で、ルートの特定や調査が優先され、ヤキトリの雛の投入が後回しになっている。特に聖火教の連中が強く主張している。
「アフリマン枢機卿があれこれ理由つけて、まだ許可を出さないらしいぞ」
コーカサスの岩山は、アフリマン枢機卿の管轄地だ。
一応非難っぽく言ったが、俺としては枢機卿を応援している。不死鳥の手がかりなんざ、ないほうがいいに決まってる。
「アフリマン枢機卿が? まあ、それなら仕方ないわね」
カエンは途端にトーンダウン。直属の上司でありパトロンらしいから、悪口は言えない。
「そんなわけで、まずは不死鳥の卵を孵化させる儀式から始めるしかない。で、儀式はいつだ?」
「一か月後よ」
「一か月!?」「 短っ!」
俺とアンジェが同時に叫ぶ。
「それ、生贄用意できるのか? やっぱバージェスでいいんじゃねえの?」
俺の言葉に、アンジェすら真剣に何度も頷いた。ここまで急ぎだとは思ってなかった。
「大丈夫。今は戦時中よ。天職持ちの捕虜の一人や二人、すぐ手に入るわ。竜騎士を取り逃したときに、抗議ついでに軍閥へ埋め合わせとして依頼しておいたのよ!」
カエンは自慢げに胸を張った。
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