47:実家の出兵
「おい、トリガー! 大変だ!」
早朝。屋敷中にアンジェの切迫した声が響いた。
まだ寝ぼけ気味の俺に構わずアンジェは続けた。
「お前のシタガウル男爵家と、我がシルバリエ騎士爵家が——ついに前線に出ることになったそうだ!」
「……出兵!?」
俺の実家とアンジェの家は仲が良い。だからアンジェ宛の手紙にうちの情報が書いてあるのも納得ではあるが……。
「俺の実家が!? ていうかアンジェ、お前は出兵しないよな!?」
アンジェの家は騎士爵家。戦いこそが唯一にして最大の存在価値だ。国家に忠誠を誓う家として、最強戦力であるアンジェを連れて行く……なんて展開もにあり得る。
「私は、お前の護衛の任が優先されたようだ。……代わりに父と祖父が出ることになったが」
「そっか……それは大変だ…」
口では同情してみたが、正直、俺の頭の中は一つのことでいっぱいだった。
俺、出兵免除されてますように……!!
「お前にも手紙が届いてるぞ」
アンジェに促されて手紙を受け取り、速攻で中を確認する。
よしッ! セーフッッ!
そこには、俺がすでに家督を放棄しており、王命を負っているため、出兵義務はないというありがたいお達しが書かれていた。
家督を捨て、王命を受け入れた過去の俺の慧眼である。
思わず口角が上がるが、さすがにここで浮かれるほど俺も馬鹿じゃない。冷静なフリをしつつ、少しだけ影のあるトーンで言ってみた。
「……弟が、次期当主として出兵するらしい」
「そうか、弟君が……」
アンジェは特に疑う様子もなかった。……と思ったら、ぼそっと小声でつぶやいた。
「……さすがのお前も、今回ばかりは不謹慎なことは言わんか……」
どうやら見透かされているようで肩身が狭い。しかし、聞こえていないふりをしてこの場はしのぐ。
そんな折、背後から聞き捨てならない声が飛んできた。
「白々しいわね、トリガー・シタガウル!」
「なんでお前がいるんだよ!? カエン!」
俺が叫ぶと、居間に座っていたカエンが平然と答えた。
「アンジェが入れてくれたのよ!」
いつの間にやらアンジェ呼びとなっていたカエンは俺の疑問を投げかける間もなく、本題に入った。
「今回の出兵、原因は潜入していた竜騎士の逃亡らしいわ」
「ああ……バージェスの馬鹿が取り逃がしたあれか」
「そう! あの横槍クソカス野郎がッ!」
カエンは不死鳥の卵を孵す使命を負っている。そのために天職持ちの生贄を必要としており、逃げた竜騎士をその候補としていた。
俺たちで捕縛寸前まで追い詰めたものの、最後の最後でバージェスがしゃしゃり出てきて台無しにしたという経緯がある。
「……で、どうやらドラゴンが誕生したらしいわよ」
「それ、バージェスの言い訳じゃねぇの?」
バージェスは竜騎士を追っていたが、敗北を喫して帰還したばかり。
あいつの報告、ドラゴンの誕生なんて、俺だけじゃなく国中が半信半疑だ。
俺が疑念を深めていると、今まで黙ってたアンジェが真顔で口を開いた。
「だが、バージェスは重度の火傷と複数箇所の骨折で帰還したらしい」
「え、マジで? あの重騎士がそんなボロボロに……?」
「バージェスはあれで腕は確かだ。彼をそこまで追い詰めた存在がいるのなら……私は、ドラゴンの可能性も否定できん」
「てか、その状態で生きてんの?」
「意識もあるらしいわよ」
「化け物かよ……!」
その生命力に一同ドン引きしたあと、俺はしぶしぶ認める。
「……まぁ、ちょっとは信憑性あるかもな」
カエンが頷きながら言った。
「国も半信半疑よ。でも、もし本当にドラゴンがいたら戦局がひっくり返るかもしれない。だから——」
「今のうちに総攻撃して終わらせたいと」
「そっ、だから徴兵も出兵も強化されるってわけ」
……と、そのまま話が終わるかと思いきや、カエンは急に顔を引き締めた。
「で、本題。あたしが来た理由。不死鳥の件よ」
「不死鳥?」
首をかしげる俺に、カエンは得意げに言った。
「敵国にドラゴンが誕生したっていうなら、対抗できるのは不死鳥だけよ! 重要度と優先度が上がり、注目が集まるのは必然! つまり——」
「不死鳥の孵化を急かされるってことか……いや、それだけじゃないな」
アンジェは意味を取りかねて首をひねっているが、俺にはピンときた。
「わからないのか、アンジェ! カエンの狙いは——」
俺とカエン、満面の笑みで叫んだ。
「「憎きバージェスを不死鳥の生贄にする!!」」
「待て待て待てぇッ!!」
アンジェは慌てふためきながら全力で止めに入ったのだった。
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