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46:リュウ・セイロン4

 フェニキア鳥聖国の捜索隊に追われ、リュウ・セイロンとドラゴは命からがら国境付近まで辿り着いた。たどり着いたと言っても、そこは強風吹き荒れる深い渓谷が織りなす天然の国境線。昨夜、日が落ちる直前にはすでに、身を削るような横風が吹き付けていた。


 ワイバーンさえ凌駕する飛行能力を持つドラゴでさえ、この暗闇と強風の中を飛ぶのはあまりにも危険だ。おまけに、追跡劇のせいでドラゴの体調も万全とはほど遠い。


 逃げても逃げても、数日と経たずに捜索隊に追いつかれ、奇襲を受ける。そんな逃走の日々だった。追手に気を取られ、まともな食事も摂れない。それでもリュウを乗せ、飛び続けなければならないドラゴの消耗は激しかった。


 かつては怠惰で自己中心的な言葉ばかり吐いていたドラゴだが、今はそんな元気すら残っていない。リュウは密かに、この極限状態でドラゴが自分を見捨て、単独で逃げ出すことを恐れていた。しかし、その兆候はなく、二人はここまで共に逃げ延びてきたのだった。


 国境線を越えれば、追跡の手も届かなくなる。逸る心を抑え、念のためこの夜をやり過ごす決断を下した、その時だった。


「ついに追い詰めたぞ!我が名はガイアスバージェス!国家に忠誠を誓う重騎士である!」


 ここ数週間、幾度となく悪夢のように耳にした捜索隊隊長の声が響いた。奇襲をかけるなら黙って仕掛ければいいものを、なぜこうも律儀に名乗りを上げるのか。


 バージェス・ガイアスと名乗る重騎士はその不器用な立ち回りとは裏腹に、驚くほどしぶとかった。リュウとドラゴを、ギリギリまで追い詰めては、体力を奪っていった。


 皮肉なことに、バージェスの存在はリュウ達に逃げる機会を与え続けた。しかし同時に、捜索隊に痛手を与える好機も潰された。まるで、弄ばれているかのようだ。


 優秀な斥候でも連れているのか、奴らは幾度となくリュウ達を見つけ出し、今回のように堂々と正面から襲撃を仕掛けてきた。


「クソ!ドラゴ!ブレスだ!」


『グルルらああああ!』


 リュウはほとんど反射に近い判断でドラゴに指示を出し、ドラゴもそれに答えた。


 ドラゴのブレスは、致死の威力を保ったまま扇状に広がり、散弾のようにバージェスたちを襲う。その炎の猛攻が続く間に、リュウはどうにか活路を見出そうと、国境線を超える方法を必死で探した。しかし、その時間はあまりにも短かった。


『スタンプ!』


 重騎士バージェスの重い一撃がブレスを瞬時に霧散させた。


 そして、間髪入れずに遠方から強力な矢が飛来した。


『ペネトレーション!』


 その矢は驚くべきことにリュウとドラゴ二人を同時に貫いた。


「ぐあああ!クソ!ドラゴ大丈夫か!?」


『だめだこれ詰んだわ。足が逝った』


 リュウは右肩を、ドラゴは左足を射抜かれていた。鮮血がどくどくと溢れ出し、冷たい地面に赤い染みを作る。


「観念しろ!年貢の収めどきだ!」


 勝利を確信したかのようなバージェスの声が響く。


 追い詰められ、もはや逃げ場はない。強行突破を図る他ない。半ば自暴自棄に判断を下す。


「ドラゴ突っ込め」


 足を射抜かれ、機動力は著しく減じたが、まだ片足と翼がある。かろうじて推進力は生み出せる。


 バージェスの意表を突くことに成功し、体勢を崩した。生じた隙にリュウとドラゴは重騎士の横をすり抜ける。


 他の捜索隊の兵隊を轢き飛ばしながら進んだ先に見るからに狩人らしき男が目を見開き驚愕の表情をしていた。不思議と一目で天職持ちとわかった。虚をつかれてなお矢をつがえた弓はブレず、狙いをリュウ達に定めている。


ヤバい


 リュウがそう思った刹那、ドラゴが残された片足で地面を蹴りつけ、更に加速した。狩人が矢を放つよりも早く、ドラゴは眼前の男に食らいついた。


 鈍い骨の砕ける音が響き、狩人の悲鳴は喉の奥で潰えた。血飛沫が宙を舞い、ドラゴの口元を赤く染める。


「クソ!ロビンソン!よくも!」


 部下を亡くしたバージェスの叫びが響く。


「よくやった!このまま逃げ・・・ドラゴ?」


 リュウはドラゴの背から賞賛の声をドラゴにかけた。しかし状況を打開した喜びは一瞬だった。


『グ、グルルル……ガアア!』


 ドラゴは動きを止め、突如として痙攣を始めた。その口から苦悶の呻きが漏れる。


 傷口から溢れる血が、炎に変じ、見る間に黒ずんでいく。


 ドラゴの全身から、尋常ではない熱気が立ち上り始める。鱗が軋み、皮膚が裂け、その隙間から赤黒い光が漏れ出した。


「ドラゴ!? おい、どうしたんだ!?」


 リュウは必死に声をかけたが、ドラゴはもはや聞こえない。


 その瞳は血走って焦点が定まらず、苦痛と、そして得体の知れない力が渦巻いている。地面に伏せ、のたうつドラゴの体は、見る見るうちに膨張していく。背中の翼が破れ、新たな骨と肉が隆起し、巨大な膜が張り巡らされていく。その変化はあまりにも速い。


 ドラゴは、咆哮を上げながら、その身を大きく変えていく。その巨体は膨張を続け、そして止まった。


 煌めく漆黒の鱗はより硬質で、より鋭利な輝きを放つ。背中から生えた4対の翼は、これまで以上に大きく、分厚く、そして力強く、轟音を立てて広がる。その黄金の瞳は、怒りと、そして覚醒した本能の輝きを宿し、見るものを屈服させる威圧を放っていた。


 重騎士バージェスはその場で立ち尽くしていた。彼の脳裏に、神話の怪物の名がよぎる。


「…ドラゴン」


 まさか目の前の化物が…


「グルルルルルルルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 捜索隊の兵士たちが、その異様な光景に足を止め、恐怖に顔を歪める。


「な、なんだ、あの化け物は……!?」


 兵士の一人が震えながら呟く。彼らの目の前で、竜騎士が従えるワイバーンが、伝説に謳われるドラゴンへと変貌を遂げた。その威圧は、もはやただの兵士に耐えられるものではない。


「怯むな! 俺に続け!絶対に逃がすな!ここで仕留めるぞ!」


 バージェスが叫ぶが、その声にも動揺が滲んでいた。彼は自らの剣を構え、覚醒したドラゴへと突進しようとする。しかし、その身がドラゴに到達するよりも早く、ドラゴの口から、これまでとは比べ物にならないほど強力なブレスが放たれた。


 それは、ただの炎ではなかった。黒炎。


 周囲の空気を歪ませ、地面を溶かし、あらゆるものを焼き尽くす、純粋な破壊の奔流だった。


『プロテクト・モード・ファランクス!』


 バージェスは咄嗟に他の捜索隊の前面に立ち重騎士の防御スキルを発動した。


 しかし黒炎はバージェスをも巻き込み周囲を侵食した。兵士たちは為す術もなく炎に飲み込まれ、断末魔の叫びすら上げられずに灰と化していく。その光景は、地獄絵図そのものだった。生き残ったのは重度の火傷を負ったバージェス一人だけ。


 リュウは、ドラゴの背にしがみつきながら、その圧倒的な力に震えていた。これは、彼の知るドラゴではない。だが、今のドラゴはもはやリュウに与えられた使命を超えて、国家の趨勢を左右する伝説のドラゴンだ。どうにか連れ帰りたい。一縷の望みにかけて呼びかける。


「ドラゴ! 国境だ! あそこまで飛べ!」


 リュウの言葉に、ドラゴは一瞬、その巨大な頭をリュウへと向けた。血走った瞳の中に、わずかに理性の光が宿る。そして、その巨大な翼を一閃させ、地面を蹴り、空へと舞い上がった。


 地を這うような低空飛行で、ドラゴは残されたバージェスの上を通過していく。その尾の一振り、翼の風圧だけで、バージェスは吹き飛ばされ、地面に叩きつけられていく。


「くそっ……! 逃がすものか……!」


 全身火傷を負い、地面に叩きつけられてなおバージェスはは立ち上がり追いかけようとするが、もはやからだは動かない。かろうじて顔を上げ、周囲を見渡せば、かつて彼の指揮下にあった兵士たちは、もはや形を留めていない。焦げ付いた地面に、炭化した肉塊が散らばっているだけだ。


 ドラゴは、その巨大な影を大地に落としながら、一直線に国境へと向かう。リュウは、吹き荒れる風に身を晒しながら、ようやくフェニキア鳥聖国から脱出することに成功したのだった。

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