40:アンジェによる戦闘訓練
「例の竜騎士には逃げられたらしい」
「はあ!?何やっとんじゃあいつは!?」
「〜〜っ!クソ無能!」
アンジェの報告に俺とカエンは憤慨した。
俺達が苦労して追い詰めた竜騎士とワイバーン。それにバージェスは横槍をいれてきた。バージェスの強引な要望で嫌々あとを任せた結果、奴はまんまと竜騎士に逃げられたらしい。
バージェスとともに参加した援軍に狩人の天職持ちがいたため、どうにか居場所を補足し、何度か再襲撃をかけ続けているらしいが、未だ捕縛の連絡はない。
「我慢できない!また抗議してくる!」
カエンは軍閥のお偉いさん方に抗議してくると言って、鼻息荒く肩を怒らせ去っていった。
「じゃあ、俺達も帰ろうか」
「まだ来たばかりだろう。逃げるな」
俺達はアンジェの提案で兵舎の訓練場に来ていた。目的は俺の戦闘訓練だ。
竜騎士相手にしばらく遠目に様子を見ているだけだったのが気に食わなかったらしく、なかば無理やり連れてこられた。
後報支援なんだから当然だと抗弁したが、ヤキトリを自らの護衛として置き続けたことが問題のようだった。
曰く「もっと早くヤキトリを戦線に投入していたら結果が好転していた可能性がある!お前に身を守る最低限の戦闘技術があればその判断が下せていたかもしれない」
「まるで俺が我が身可愛さに判断を誤ったみたいじゃないか!」
「そこまでは言わんが、その性根は仕事に悪影響だ。叩き直してやる」
ということだった。
カエンはアンジェが竜騎士の現状を伝えるために呼び出していた。役職上はカエンのほうが上だが、指揮系統が違う。軍閥貴族の現場任務の情報は書類仕事と宮仕えが多い聖火教司教よりも聖騎士の天職を持った騎士爵家令嬢のほうが早く耳に入る。
竜騎士を不死鳥の卵の生贄にしたいカエンはその捕獲の成否と処遇についての情報が喉から手が出るほどほしい。
そわそわしながら集合場所に現れたがアンジェの報告を聞き、血相変えて帰っていったわけだ。
俺はそんなカエンに便乗して帰ること叶わず、アンジェと生身での戦闘訓練を開始した。
そして戦闘訓練を始めたのだがまるで敵わない。当初はアンジェの柔肌に触れられるかもしれないと下心がないわけではなかったが、すぐにその幻想は潰えた。
伸ばした手は躱され払われ、生じた隙を突いて殴り倒される。倒れたら終了かと思えばそのまま足蹴にされ地面を転がされる。
俺はすぐに音を上げた。
「待てアンジェ!話し合おう!これは無理だ!」
「まだ始めたばかりだ。我慢しろ」
「いや、黙々としばかれてるだけのこれは訓練じゃない!ただの体罰だ!」
さすがアンジェだ。生真面目ではあるが人の話を聞きいれる柔軟さも併せ持つ。アンジェは考える様子を見せた。
「なるほど、たしかにそうかもしれない。お前の言うことにも一理あるか」
「そうだよ!じゃあ訓練はこれで終わりで・・・」
「天職を使っていいぞ」
「え?」
「訓練に天職を使っていいぞ。ヤキトリでも他の鳥でも連れてこい」
訓練を終えられなかったのは残念だが、ヤキトリや他の鳥を連れて来る分の休憩が確保できた。
それにしてもなぜこんな訓練を唯唯諾諾とこなさなければならないのか。
段々と腹が立って来た。アンジェの訓練の提案を承諾してしまったのは俺だから最初に断らなかった俺に非があり、アンジェに非はない。だがそれでもムカつくものはムカつく。
どうにか訓練でアンジェに一泡吹かせてやろうと俺は訓練に使う鳥を吟味した。
「いくぞヤキトリ!」
『ピギャーやるぞ!』
鳥を選定し、訓練を再開した。俺はヤキトリの背に跨がり号令をかける。狩りと戦いと生殖活動だけが娯楽のヤキトリはそれゆえに機嫌よく俺との共闘を受け入れた。
「来い」
アンジェは訓練用の剣を構える。
「アンジェ!俺が勝ったら訓練はもう無しな!」
「いいだろう。お前が勝てたなら訓練はもうしない」
「よっしゃ約束だぞ!」
俺は勢いにまかせてアンジェに約束を取り付けた。アンジェは敗北の可能性を微塵も考えていないようだ。腹は立つが、油断してくれるならそれで良い。
そして俺は最初の攻撃を放った。
「やれ糞便爆撃!」
俺がまたがるヤキトリではなく、上空を旋回していた鳥達がアンジェめがけて糞を投下した。
『聖なる力 盾』
アンジェの上空に光の盾が半球形に展開され鳥の糞を防いだ。
「ぐっ、くそ!」
「不意をついての鳥の糞はお前の常套手段だ。当然対策する」
「ズルいっ!アンジェは天職使っちゃ駄目だろ!」
「そんな約束はしていない。」
そんなやり取りをしている間に俺とヤキトリはアンジェに接近して攻撃を繰り出す。
『ピギャー』
ヤキトリの蹴撃をアンジェは躱して迎撃し、ヤキトリもそれを躱す。そしてそれを繰り返す。
『ピギャーぐぬぬっ、がぁあああー』
ヤキトリといえど聖騎士の天職持つアンジェには敵わない。すぐに劣勢に追いやられた。
「どうした!これでおしまいか?ヤキトリに乗って戦場に出てきた心意気は褒めてやる。だが、やはりお前では私に勝てない!」
「まだわからないだろ!行け!カワセミ特攻隊!」
煽られた俺はヤキトリに命じてアンジェから距離をとり、カワセミ隊に特攻命令を下した。
カワセミは青い羽毛と細長いくちばしが特徴の美しい鳥だ。青い鳥の商売のために集めていたが、急遽この訓練のために連れてきた。
「なんだ?」
警戒するアンジェに対して俺は声を大にして謳い上げる。
「これより来るは狩り上手のカワセミさん!瞬きより速く川に飛び込み魚を狩るぅううう!」
「攻撃手段の解説とは余裕だな」
訝しむアンジェを無視して俺は言葉を続ける。
「狩り上手だけど少しドジなカワセミさん。たまにミスって木の幹に突き刺さって死ぬ!アンジェの光の盾に激突したら死んじゃうから盾で防がずに避けてね!」
「なっ!?」
アンジェ焦りの表情を見せた。
俺がカワセミに命じたことは死を厭わぬ特攻だ。だが、俺とてカワセミをこんな訓練で死なせることには抵抗がある。金銭的損失だし、倫理的にも気がとがめる。
しかし、同時に俺にはカワセミは決して死なないだろうという確信があった。アンジェは決して無益な殺生を許さない人間だ。そしてそれを防ぐための力も十二分に備えている。正確な状況理解と解決方法がわかれば数十羽のカワセミの突撃を殺さずに受け止めることもできるはずだ。
そのために俺はわざわざ作戦を口にしたのだ。
数十羽のカワセミが四方八方から青い尾を引いてアンジェに襲いかかった。
すでに鳥の糞の爆撃は終わっている。
アンジェは光の盾を解除し、突撃してくるカワセミを必死の形相で可能な限り衝撃少なく手で捕獲し、新たに細長い円柱形の光の盾で構築した鳥籠に入れていった。
「うおおおおーーーー!!!」
アンジェは必死になってカワセミを捕獲していった。そしてなんとかすべてのカワセミを無傷で捕らえ、光の盾で生成した鳥籠に収めることに成功した。だがカワセミを無傷で捕らえる作業はさしものアンジェにも隙を生じさせた。
俺はその隙に新たな鳥をアンジェの懐に潜り込ませることに成功していた。
「ぐわわわわわ!なななななんだ!?」
ズガガガという打突音とともにアンジェの困惑の声が響く。それに対し俺はまたしても上機嫌で解説する。
「高速で嘴を木に打ち付ける穴開け名人キツツキ!アンジェの硬い鎧に穴を穿つぅうううう!」
「ぐっ、くっクソ!」」
アンジェは自らに取り付いたキツツキを掴み引き剥がした。だが、すでに周りには多数のキツツキがアンジェに取り付き嘴を叩きつけようと旋回している。
さらに・・・。
「ひゃっ!何だ!?首筋がヌメッとしたぞ!」
「木に潜む虫を舐め取るためのキツツキ特有の長い舌ぁああ!鎧の隙間を縫ってアンジェの柔肌を舐めるぅう!」
「肌を舐めてなんの意味がある!?」
「隙ができるだろ!」
俺がそう言い返した時にはもう光の盾の鳥籠の眼前に来ていた。アンジェの意識がキツツキに向いていた隙を突いた形だ。
「さすがにこの細さなら壊せる!」
『ピギャーーーー!』
ヤキトリの足が振るわれ、鳥籠を直撃する。
ガシャァアアン!
ガラスが割れるような音とともに光の鳥籠が壊れ、収納されていたカワセミたちが再度空を舞った。
「うああああ!お前よくも!あんなに苦労したのに!」
神経を使って捕獲したカワセミに逃げられた。そして逃げたカワセミはまた襲ってくる。無益な殺生を避けるならばまた神経をすり減らして捕獲するしかないが、それを思うと辟易する。
やりきれなさに絶叫しているアンジェに俺は高笑いを返す。
「ふははははあまりにも行動が素直なのだよ聖騎士くぅうん!絡め手も覚え給えよ!ふはははは!」
数多のキツツキとカワセミが低空を滑空する中、俺は最高にハイになっていた。
普段俺のお目付け役であるアンジェを翻弄している。それがたまらなく楽しい。
自然と口も軽くなり、悪気なくアンジェを煽った。
訓練の勝ち負けなどもはやどうでもよく、ただアンジェを困らせることに喜びを感じていた。
だがそれも長くは続かなかった。
『聖なる力 閃光』
アンジェのその言葉とともにつんざく光が目を焼いた。
「がああ!クソなんだ!?目が見えない!」
『ピギャー!目がっ!目があああああ!』
視界が戻らぬうちに更にアンジェの攻勢は続く。
『聖なる力 投網』
状況はわからないがキツツキとカワセミが無力化されていくことだけは感覚でわかった。
そして視界が戻った時、そこには光の網に一網打尽にされた鳥達がいた。
「なにこの技知らない!」
「感謝するぞトリガー!新技だ!」
「え!?これ俺の訓練でしょ!?なんでアンジェに!?」
「情は人の為ならず。自分に返ってくるということだな!さてトリガー覚悟しろ!」
アンジェは獰猛な笑みを浮かべて言った。
「ここからが本番だ!」
「ひぇっ…」
その獰猛な笑みに俺は敗北を悟った。
「くそおおおおおおおおお!」
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