39:リュウ・セイロン3
リュウは死に物狂いで戦っていた。
コーカサスの岩山で遭遇した聖騎士とバードテイマーがなんの因果かまたもやリュウの潜伏を暴いてきたからだ。
厄介な相手であることは前回の遭遇でわかっている。
盗もうと抱えていた鶏をすぐに放棄し、即座に戦闘に備えた。懐には小さくなったドラゴをしまっている。小さくなってもその防御力は健在であることは確認済み、潰さないように気を使う必要はない。
「やった!やった!本当にいた!竜騎士!卵の生贄!」
更に今回は物騒な女も新しく増えていた。
「観念しろ。お前には聞きたいことが山程ある。素直に投降すれば、死刑は免れんが、それまでは人道的な待遇が取られるよう口利きしてやる」
「え!?それはちょっと困るんだけど…」
死を前提とした聖騎士の降伏勧告もどうかしているが、人道的な待遇に不満を表明するこの赤髪の女は何なのか。捕虜を人道的に扱うことに一体何の問題があるというのか・・・
恐ろしくて考えたくない。
卵の生贄とかいう言葉と合わせて、不穏な想像が広がる。
聖騎士に追い詰められつつあったことに加え、イカレ女の言動でドラゴに助勢を求めることに決める。
ドラゴが指示に従いさえすれば、危機を脱することができる。
ドラゴを懐から放りだし、元の大きさに戻るまでは良かった。
『ギャオーン!!!』
轟くドラゴの咆哮に頼もしさすら感じた。しかし。
『働きたくないでござる』
リュウは現実の理不尽をまざまざと突きつけられる。無情な一言。
だが不幸中の幸い、ドラゴの存在そのものが窮地を脱する時間を与えてくれた。
その後、バードテイマーに煽られ頭に血を登らせてしまったが、やり返してやることもできた。
ドラゴに肉体伸縮の情報がバラされてしまったが、ドラゴを懐から出した時点で想定していたことだ。
それにドラゴの情報と引き換えに相手の精霊憑きの情報を得た。
遅れて登場した飛脚鳥は火を纏い、高らかに人語で気炎を吐いていた。敵の増援にほかならないため強く警戒したが同時にそいつの存在自体が重要な情報だ。
精霊憑きの飛脚鳥は以前ドラゴが食った精霊憑きのアヒルを想起させることを言っていた。
気になり探りを入れてみれば案の定、アヒルに憑依していた人格が飛脚鳥へと移ったことが発覚した。
その現象は擬似的な不死性ともいえるものであり、フェニキアの不死鳥を想起させる。
帝国に持ち帰らなければならない重大な情報だ。
欲を言えば精霊憑きの飛脚鳥を処分したいが、それよりも情報とともにドラゴを無事に帝国に連れ帰るほうが優先だ。
帝国に戻るには眼前の聖騎士から逃げおおせなければならない。飛脚鳥は威勢が良いだけでバードテイマーの後ろに隠れているし、バードテイマーもそのことに文句を言わない。赤髪のイカレ女も見守るだけ。
本当に聖騎士だけが逃げるための障壁なのだが、やはり戦闘職の天職持ち相手は荷が重い。
さらに悪いことにこの女は戦闘の天職の中でも上位の力を有していることが短い戦いの中でも伝わってくる。
なんとか聖騎士の攻撃を凌ぐが、それしかできない。
時間は敵を利する。さらなる援軍の可能性があるからだ。遭遇時にバードテイマーの男が鳥を放ったのを目にしているし、そもそもドラゴの巨体は遠くからでも目につく。凌いでいるだけでは駄目なのだ。
焦燥に駆られついにリュウは決断を下した。
ドラゴの背に乗り、命じる。
「ドラゴ、さっきも言ったが、緊急事態だ。今働かないと後でもっと働かなければいけなくなる。明日怠けるために、今働け!ドラゴ!ブレスだ!」
『悲報。ワイ、ついに労働以外の選択肢がなくなる…』
ついにドラゴが指示に従った。
すべてを焼き焦がす灼熱のブレスがブラゴより放たれた。リュウはほとんど勝利を確信していた。ドラゴはその性質こそ怠惰だが、備えた戦闘力は隔絶している。ドラゴのブレスを受けて無事でいられるものなどそういない。
しかし、敵のイカレ女は火を操る火炎術師で、ブレスはその支配対象だった。
ブレスはあらぬ方向に逸らされ、集約され、敵の武器に転じた。
ドラゴはブレスを止めれば火炎術師によって反撃を食らうと思ったのだろう。ブレスを延々と吐き続けた。実際火炎術師自身も「ブレスの途切れた時があんた達が負けるときよ!」とか言ってる。
その間無防備になったドラゴをリュウは敵の聖騎士の手から死に物狂いで守り続けた。
帝国の誇る機構武具はやはり聖騎士にも通用した。
そもそもリュウが保有する機構武具はすべて守りと支援に特化している。
問題は守っているだけでは状況を打破することができないということだ。本来竜騎士にはワイバーンという超火力が存在するのでそれで事足りるはずだが、火炎術師によって封じられている。ドラゴといえどそのうちブレスが止まってしまう。
ブレスが止まれば手痛い反撃が来る。
ジリ貧だ。近いうちにドラゴのブレスは止まり、敗北する。そうリュウは思っていた。
だが、ドラゴは想像以上に頑張った。ブレスを延々と吐き続けた。
結果として火炎術師の操作する火が膨れ上がり、場を灼熱地獄と化した。
すぐに熱中症に陥るだろう高温。それは短期決戦を望むリュウには都合の良い状況だった。
光明が見えてきたとリュウが戦いに希望を見たところでバードテイマーが今まで自身の防衛をさせていた精霊憑きの飛脚鳥を参戦させてきた。
『前世の恨みを食らえオラァアアア!ピギャー!』
飛脚鳥のかかと落としがドラゴの上顎に直撃し、強制的にブレスを止められる。
そしてドラゴのブレスから解放された火炎術師は俺達を生け捕りにするため少し弱めた火の玉を放ってきた。
さしものドラゴと防御特化の機工武具であってもこの火は防げない。
終わった…。とリュウは思った。
だが人が上空からちょうど火の玉の上に降り立ちその威力を大幅に減じさせた。
「我が名はバージェス・ガイアス!誇り高きフェニキア鳥聖国の重騎士である!」
リュウとドラゴの命の恩人は高らかにそう名乗った。
聖騎士、火炎術師、バードテイマーは皆一様に従騎士の男を非難したが、リュウからすればとんでもない。よくやってくれたと両手で称賛したいところだ。
しかし、敵国の援軍が集まってきている。そんなことをしている暇はない。
「ドラゴ。ブレスはまだ撃てるか?」
『撃てるが撃ちたくない』
「そうか撃てるか。ならブレスを拡散して放出してくれ。目くらましにして脱出する!」
『無視…』
「いいかここで脱出できればしばらく楽ができる。言うことを聞かなければ面倒が続く!選べ」
『わかったって』
ドラゴは渋々であるが、リュウの指示に従った。
そしてドラゴの口から広範囲に広がるブレスが放射された。
幸運なことに火炎術師は聖騎士やバードテイマーと共に戦場からいなくなっている。
光と熱が重騎士とフェニキアの兵士たちの目を塞いでいて、
「今だ!ドラゴ!飛べ!」
ドラゴはリュウの指示に従い、翼を広げ飛翔した。
「くそ!待て!」
重騎士の精子の声が聞こえるが、それに従うはずもなく、リュウたちは無事脱出に成功した。
まさか3日後に追いつかれるとはこの時のリュウは想像だにしなかった。
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