38:リュウ・セイロン2
遅くなりました。
時系列は「24:リュウ・セイロン」直後から「35:鶏泥棒」の直前までの話です。
ドラグニカ龍帝国のエリート竜騎士、リュウ・セイロンは途方にくれていた。
コーカサスの岩山でエラい目にあったが、どうにか切り抜けた。
そのまま帝国に戻ろうとしたが、火を纏い、人語を操るようになったドラゴは以前のような従順性をなくし怠惰に堕していた。
さらに悪いことにレプタイルテイマーの能力がドラゴに及ばなくなっている。
まるで言うことを聞かず、帝国に帰れない。
『メシまだ?』
そのくせ、食料だけはしっかり要求する。
『またネズミか・・・、そろそろ別のものも食いたいんやが?』
「潜伏中だぞ!これが限界だ!お前の図体を満足させるだけの獲物を獲ってくることがどれだけ大変だと思っている!?だというのにお前は一切手伝わない!不満があるなら言うことを聞け!」
『断る!』
よっぽどぶん殴ってやろうかと思ったが、ワイバーンは国家の財産であり、ドラゴに対してはこれまで共に過ごしてきた愛着がある。
そして何より、精霊憑きになったと思われるドラゴは帝国が欲してやまないドラゴンの手がかりに違いない。
万全の状態で連れ帰らなければならない。
そのためには下手に殴って機嫌を損ねるのは悪手。
頭を捻り、あの手この手でドラゴを手玉にとる必要がある。そしてリュウ・セイロンは帝国のエリート、竜騎士の中でも指折りの騎士。出来ぬはずがない。
そう思っていた。しかし…。
『え?それワイになにかメリットある?』
なにか依頼をするたびにこの返答と態度。しかも依頼内容はドラゴの食を満足させるための提案のみ。
そして何度も何度もムカつく態度でドラゴは怠惰を貪った。
そしてついにリュウは食料調達を放棄した。
リュウは思った。
これは感情任せの癇癪ではない。これは躾だ、と。
上げ膳据え膳のこれまでの生活はドラゴを傲らせた。
ドラゴが精霊憑きになる前も上げ膳据え膳ではあったが、それは従順にリュウの指示に従ってきたからだ。言うことを聞かず、ナメた口を利くこいつにその権利はない。
『ふぁ!?なんじゃこら!?』
食料を与えずにしばらくすると、不思議なことにドラゴの肉体はありえないくらい縮んだ。人間を遥かに超える体躯から手のひら大のトカゲサイズへ。
普通のワイバーンにはない、ドラゴの特殊能力だった。
あとからすればこれも精霊憑きの影響だろうと考えられるが、問題の渦中にそんな洞察は働かない。
最初リュウはひどく狼狽した。しかしそれ以上に狼狽したのがドラゴだった。
『え?ワイ死ぬんか!?死ぬんか!?』
「落ち着け待て落ち着けわかった。メシを取ってきてやる。お前は今だけは動くな。エネルギーを使うな。あ、ムカデ!とりあえずこれ食え!」
燃費がよくなる形態なのだと推測をたててとにかく栄養摂取を勧める。
体の縮んだドラゴにはちょうどよいサイズのムカデだ。虫は低脂質高タンパクな良質の餌。ムカデも例外ではない。多少の毒はあるがワイバーンにはきかない。
巨躯のワイバーンにはおやつにもならないため普段なら見向きもしないが今は緊急事態。食べてさえくれれば急場をしのげる…かもしれない。
しかし肉体の縮小による焦燥に駆られてなお、ドラゴはドラゴだった。
ドラゴは顔を背けて言った。
『死んでも食わぬ』
「くそったれ!」
リュウはドラゴの頑なさに屈し、必死でドラゴが食べるだろう食料を狩り、与えた。
結果として食後すぐに肉体の大きさが戻った。
『おもしろ!伸縮自在やんけ』
どうやら任意で体の大きさを変えられるようだった。先までの危機を忘れてドラゴははしゃいだ。
しかし思うところはあったようでそれからは自ら餌を率先して探すようになった。
とはいえそれにも問題があった。
『人里の臭いがする』
「は?」
家畜の味を覚えていたドラゴは妙な小賢しさを備えていた。
大抵家畜は人の生活圏にいる。しかも密集して育てられているため、効率的に餌が手に入る。
鋭い嗅覚が人間の放つ独特の生活臭を嗅ぎ分け、そして人里めがけて移動を開始してしまった。
「おい待て!動く気になってくれたのはいいが、そっちは帝国とは逆方向だ!待てやめろ!」
それは悪いことに帝国から遠のき、聖国の中枢、王都に近づいていった。
結局、道中では帝国と連絡を取ることは出来ず、隠れ潜みながらなんとか家畜を狩り、ドラゴを養う。家畜を食べ尽くすと別の人里へと移動する。その繰り返しだ。
レプタイルテイマーの力がドラゴに及べばそもそもこんな苦労をする必要はなかった。しかしドラゴが精霊憑きとなってからリュウのレプタイルテイマーの力がドラゴに及ばなくなってしまっている。そのことが判明してから毎日テイムを試みているが成功の兆しすらない。
鳥聖国には爬虫類がいないため、天職を鍛える機会もない。
状況が打開される希望もないまま肉体的にも精神的にも満身創痍、ドラゴの行動に翻弄され気づけば王都郊外にまで来ていた。
今まで経由してきた未開の田舎町と違い文明の灯りがある。
人が少なく閉鎖的な田舎町ではよそ者はすぐに目に付くが、郊外とはいえ王都だ。人があふれるほどいる。ドラゴが小さくなれば、あとは帝国人特有のアッシュグレーの髪を隠せば目立たない。
つまり、町中で買い物をすることができる。
通貨は任務拝命時に支給されている。いままで使う機会がなかったが、今こそ使うべき時だ。
リュウは町中に入り、慎重に、宿を取り、身を清め、食料他日用品を買い込んだ。
厳しい訓練を受けている竜騎士といえど、長期のサバイバルは堪える。体力は低下し、病気にかかる可能性が著しく高まる。
安全な家屋内で休息を取れる時に取ることは長期に及ぶ任務をこなすには重要だった。
しかし、支給された金額は思いの外少なく、すぐに尽きてしまった。
小さなドラゴを連れて、帝国方面に移動したいが聖国深くまで入り込んでしまっている。
帝国に帰ろうにもワイバーンの翼でひとっ飛びといえる距離ではもはやないし、人力となればどれだけかかるかわからない。ドラゴは家畜を探すためにしか翼を貸さないので人力で帝国に近づいていくしかないが、それで安全に移動するには周辺地理や情勢の情報が必要だ。
情報を集めるには人の最も集まる王都が最適。帝国に戻るための情報集めのため、リュウはもうしばらく王都郊外にとどまることにした。
そうと決まればエリート竜騎士の行動は早い。
町外れの廃屋を見つけ住み着いた。
付近の牧場から家畜を窃盗して生活をしながら情報を集めることにした。
あたりまえだが家畜の窃盗は犯罪だ。だが潜入工作員であるリュウは聖国に捕まればどんな犯罪を犯していようと拷問のうえ打首がほぼ確定しているため、今更犯罪の露見による罰はリュウの行動を抑制し得ない。
問題は窃盗には被害者が存在し、その被害者が騒げばリュウが聖国の警吏などに見つかる可能性が上がり、ともすれば捕縛されうることだ。
そのことはリュウも承知しているから、執拗なほど慎重に、自らの形跡が残らないように家畜を盗んだ。
普通なら肉食野生動物を犯人として疑う。まさか帝国の竜騎士が盗んでいるなどとは思わない。
だが、ドラゴがどうしても言うことを聞かない。
気分で肉体の大きさを変えやがる。
窃盗の現場に連れて行かなければ良さそうなものだが、そういうわけにもいかない。
ドラゴにはリュウのテイムの力がおよんでいないため、逃げられれば補足できない。
実際、ドラゴとリュウがはぐれて合流できなかった事案があった。
なので窃盗を行う際にかかわらず、リュウは可能な限りドラゴと行動をともにすることとしている。
窃盗現場での巨大化よりもドラゴと逸れることのほうが問題だとリュウは判断したのだ。
そして案の定、ドラゴは何度も窃盗の現場で巨大化してしまった。幸い、現場で見咎められることはなかった。
リュウは家畜の盗みに入る際には十全の準備をしてから決行していて、それが功を奏していた。
しかし、不運は必ず起こるものだ。
リュウには知り得ないことだが、結局遠方からドラゴの巨体のシルエットが被害者に視認され、警吏に伝わり、そしてトリガーたちに見つかることとなってしまった。
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