37:鶏泥棒3
「暑い…」
ドラゴは一切の息継ぎもせずに灼熱のブレスを吐き続けている。そのブレスをカエンが火の玉にして滞留させ続けているせいで周辺の気温は著しく上昇していた。
ドラゴのブレスが止まる気配はないし、カエンが急に覚醒して鎮静を火炎操作と集積と同時にできるようになる兆候はない。
さりとて集積した火の玉が落ちてくるリスクを負ってまでカエンに火の鎮静を求める決断もできない。
時間は俺達の味方だと思っていたが、気温上昇によって短期的な我慢くらべの様相を呈してきた。
「アンジェ!」
俺はアンジェに戦況を聞くために声をかけた。
「だめだ!この竜騎士、かなりの手練だ!近づけない!」
「マジかよ…、戦闘の天職持ちでもない奴相手にアンジェが苦戦するとか…」
竜騎士は一切の例外なくレプタイルテイマーだ。そしてレプタイルテイマーは爬虫類の調教に秀でた天職で肉体強化など戦闘にプラス補正をもたらす天職ではない。
驚くべきことに。この暑さの中、竜騎士はアンジェを相手取って互角の戦闘を続けていた。
大きな要因は帝国の誇る高性能武具である機工武具を竜騎士がいくつも保有していたことだろうが、それ以上に竜騎士の卓越した技能あってこそだろう。
天職による力の差を機工武具で埋め、技能と経験によってアンジェと互角に渡りあっている。
「仕方ない!ヤキトリ!参戦するぞ!アンジェが竜騎士の相手をしている間にワイバーンのブレスを止める!そうしないとお前も熱で死ぬぞ!」
『ぴげぇええ!ヤムを得ぬか…』
「もっと早くそうしなさいよ!」
「仕方ないだろ!ヤキトリが抵抗するから」
「テイムの力でなんとかしなさいよ!」
「ヤキトリ相手だとテイムの効きが悪いんだ!抵抗されたら余計にな!」
俺も何度もヤキトリに戦うよう命じてきたが、ドラゴにビビってなかなか戦おうとしなかった。時間経過によってドラゴへの怒りはしぼみ恐怖が復活していたからだ。
だが命の危機も迫り、ようやく言うことを聞く気になったようだった
「行けヤキトリ!お前の力で状況を打開しろ!」
『ピギャーーー!』
俺の命令を受けてヤキトリは気炎を吐きながらドラゴと竜騎士に向かって突っ込んでいった。
「くそ!させるか!」
「邪魔はさせない!」
竜騎士はアンジェが抑えていて、ドラゴはブレスを吐くのに必死で動かない。
邪魔するものはなく、あっさりとヤキトリはドラゴの眼前に迫りそしてドラゴの頭上に跳び上がった。
飛脚鳥の誇る強靭な脚が振り上げられる。
『前世の恨みを食らえオラァアアア!ピギャー!』
そして脚が振り下ろされた。脚はドラゴの上顎に見事に直撃した。
『グギぃいいいいいいい!』
「ドラゴ!」
閉じるアギト、ブレスは途絶、ドラゴの苦悶の声が響き、ドラゴは身を捩らせる。
竜騎士はドラゴの異変に気づき立て直しを図るがアンジェに邪魔されうまくいかない。
そうしてできた隙を見逃すわけにはいかない。俺はカエンに声をかけた。
「カエン!」
「わかってるわよ火炎操術鎮静!」
ドラゴのブレスが止まり、カエンはブレスを逸らす必要がなくなった。その分の能力を鎮静に当てることができる。膨張を続けていた火の球はドラゴのブレスの収束とカエンの鎮静によって小さくなっていった。
「ここまで小さくなればコントロールできるわ!喰らえ!」
小さくなった火の玉。それでも普通のワイバーンの一体くらいなら倒す力を有しているだろう。
竜騎士を捕縛したいカエンからしたらちょうどよい力加減を持った火の玉だ。それを竜騎士とドラゴに向けて放った。
火の玉はきれいな放物線を描いて竜騎士とドラゴに迫る。
直撃する!俺達は勝利を確信した。しかし次の瞬間、上空からドスンと地響きとともに落ちてきたものがあった。
「ああああ!あたしの火の玉が!」
上空から落ちてきたなにかは火の玉の真上に降り立ち、火の玉をかき消してしまった。
火の玉の余波は周囲に衝撃となって襲いかかるがもはや竜騎士とドラゴを倒す力はない。
「何事だ!」
落ちてきたのはあろうことか人間の形をしていた。
「我が名はバージェス・ガイアス!誇り高きフェニキア鳥聖国の重騎士である!」
忌まわしくも見覚えのあるそいつは盾と剣を天に向け掲げ、意気揚々と名乗りを上げた。
「国の危機に馳せ参じた!」
「「馳せ参じたじゃねえ!邪魔してんじゃねええ!」」
俺とカエンの罵倒が重なる。
「む?」
とぼけた顔でバージェスは不服そうに眉根を寄せた。
俺が兵舎によこした救援の知らせによってバージェスはここに来たのだろうか。だが、バージェスの他に兵士の姿は見えない。
カエンの火の玉の光量やワイバーンの鳴き声など、王都まで届く異常を発しているため俺の知らせとは関係なく個々に来た可能性もある。だが、まあ原因などどうでもいい。
問題はこいつが俺達の苦労を台無しにしてくれたということだ。
「何してくれてんのよ!あんたが邪魔しなければ勝ってたのに!」
俺が文句を口にするよりも早くカエンが非難の声を上げた。見るからに怒髪天。苦労して、勝利目前のところで邪魔されれば当然だ。
「御冗談をお嬢さん。相手は竜騎士とワイバーンです。そんな簡単な手合ではありません」
「誰がお嬢さんよ!私は聖火教の聖女、カエン・バーナーよ!敬いなさい!」
「聖女?お嬢さん聖火教の役職を捏造するのは関心しない。戦いに巻き込まれて正常な判断が出来ていないのかもしれないが、それはよくない」
「むきぃいいい!」
アンジェが見かねて説明した。
「彼女は聖火教の司教だ。聖女というのも嘘ではない。知名度が少し、その、低いだけだ」
「低くないわよ!」
「というかカエンの知名度のことはどうでもいい!」
「良くないわよ!」
喚くカエンを無視して俺は言葉を続ける。
「お前が邪魔しなければ倒せてたんだよ!少なくとも大きなダメージを与えられていたんだよ!」
「バカを言うな!帝国の竜騎士とワイバーンを相手にたった三名で太刀打ちできるものか!まして勝利するなど!」
「できるわ!こっちの三名は全員天職持ちだぞ!?」
「天職持ちとはいえ二人が女性で肝心の男が貴様だ!トリガー・シタガウル!信用できるものか!」
バージェスを糾弾しても、まるで聞き入れる様子がなく埒が明かない。
女性だからと貶められたアンジェとカエンが険のある視線で睨むがバージェスの視界には入っていない。
「軟弱にして卑怯なトリガー・シタガウルには任せておけん!ここから先は我々が引き継ぐ」
気づけばバージェスの背後には兵士や騎士が集結してきていた。
「ぐっ」
俺はたじろいだ。
兵士の一団にガイアス家の旗が掲げられているのが目についたからだ。全員が関係者ではないだろうが、中心的役割を担っているようにみえる。
先ほどのこいつの失態はともかく、未来に目を向けた時、俺達三名で戦うよりも複数名で対応したほうが捕縛可能性は高い。そして残念ながら、集団戦において指揮系統不明な寡兵、つまり俺達は邪魔になる。
「後から来ておいて何勝手なこと言ってんのよ!あたしの手柄よ!渡さないわ」
カエンが感情だけで異議を唱えたがアンジェがなだめる。
「カエン、ここは任せよう。竜騎士が王都郊外にまで侵入してきたこの事案は超重大事件だ。失敗は許されない。仮に取り逃がした場合、邪魔したと認定されると物理的に首が飛ぶ。そして私たちがバージェス達と一緒に戦うと連携の邪魔をする可能性が高い。」
「そんなあ…。邪魔されなければ私たちの手柄で終わってたのに…。卵の生贄が…」
「気を落とすな。竜騎士が捕縛されれば第一発見者の我々にも竜騎士の処遇を決める権利が得られる。彼らに後を任せたとしても君の目的は達成される。現時点で一番大切なのは確実にあの竜騎士を捕縛することだ。彼らに任せ、我々は手を引いたほうがその確率が高い」
「そうね。わかったわ!それとあのバージェスとかいう奴には聖火教から正式に抗議させてもらうわ!」
権威による抗議には無形の力がある。何かしらの成果を出してもケチが付けば報酬が減じられることや出世に響くこともある。
「ああ、私もそうしよう」
「ふふ、聖騎士の抗議は効くでしょうね頼もしいわ」
カエンは一時憤慨していたが、アンジェの言葉に気を取りなおしたようだ。
俺も元気づけようと声をかけた。
「もちろん俺も抗議するぜ!」
「…」
俺の言葉に複雑な顔で黙り込んだ二人。俺は思わず問い質した。
「なんだよ?」
「いや嬉しいんだけど、あんたの抗議になにか意味があるわけ?その権力や権威的にというか…」
カエンの言葉にアンジェが続く。
「軍閥からすればむしろ勲章に等しいかもしれん。お前は彼らに嫌われているから…」
「ぐぬぬ」
納得したが、やるせない思いを抱えて俺は閉口した。
「話はまとまったか?では退陣願おう。まだ敵は健在なのだから」
バージェスが空気を読まずに言ってきた。
「言われなくても引くわ!取り逃すじゃねえぞ!」
「ふんっ。誰に言っている」
そして俺達は退却し、バージェスは兵を率いて竜騎士と退治した。
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