35:鶏泥棒
『聖なる力 矢』
アンジェの天職、聖騎士のスキル、光の矢がいつか見た竜騎士に向かって放たれた。
光の矢は竜騎士に直撃するかと思われたが、直前で察知され、躱されてしまった。
「くそ!バレたか!」
竜騎士は鶏を抱えたままこちらに視線を向けている。目を見開き、驚愕の表情だ。
「マジかよ!マジでこの前の竜騎士じゃん!」
「やった!やった!本当にいた!竜騎士!卵の生贄!」
半信半疑でカエンに連れられて養鶏場に赴き、数日張り込んだところ、まさかのまさか、一週間も経たずに犯人が姿を現した。そしてその正体はコーカサスの岩山で戦った竜騎士だった。
驚く俺を尻目にカエンは無邪気に喜び、人道に外れたセリフを口走っている。
竜騎士はアンジェの光の矢を躱した直後すぐに身を翻して逃げ始めた。ワイバーンに乗って逃げられると追うのが難しいため、ワイバーンを警戒するが、ワイバーンは見当たらない。
ワイバーンは巨体だ。鶏の盗みの際には普通に考えれば、遠く離れて竜騎士の帰りを待っているはずだ。しかし、それにもかかわらずワイバーンの目撃情報が報告されている。よって近くに潜んでいる可能性がある。
俺がワイバーンの存在を警戒し、探している間にアンジェは竜騎士を追い詰めていた。
「観念しろ。お前には聞きたいことが山程ある。素直に投降すれば、死刑は免れんが、それまでは人道的な待遇が取られるよう口利きしてやる」
「え!?それはちょっと困るんだけど…」
アンジェが投降を呼びかけたが、非人道的な行いによって竜騎士を不死鳥の卵の生贄に仕立て上げたいカエンが邪魔をする。カエンが邪魔せずとも死を前提とした投降などめったに受け入れられない。
「ぐっ、ドラゴ出てこい!」
案の定、竜騎士は投降などしなかった。
竜騎士は懐からトカゲを取り出し。空中に投げた。するとそのトカゲは一瞬で巨大化し、着地した。着地と同時にズンッと地鳴りがした。
『ギャオーン!!!』
「「「ワイバーン!」」」
巨大化したトカゲはコーカサスの岩山で見たワイバーンだった。
灰色の鱗に覆われ、翼の生えた大型爬虫類。心無しか以前よりも体躯が大きく成長しているように感じる。
人の胴体より太い四肢とその先端に生えた鋭く強靭な爪、火を吐き獲物を飲み込む巨大な顎。
容易に人を死に至らしめるその威容に気圧される。
ワイバーンドラゴが口を開いた。
『働きたくないでござる』
あまりに間の抜けた言葉を吐いた。おかげで俺は恐怖と緊張から開放された。
「喋った!」
カエンが驚愕の言葉を叫んだが、俺とアンジェは驚かなかった。コーカサスの岩山で火を纏ったワイバーンを見ていた俺達にはワイバーンがヤキトリ同様、火を纏うだけでなく喋る様になることを予想できたからだ。
そんなことよりも気になることがある。
「というか!?ワイバーンって大きさ変えられるの!?」
竜騎士が懐から取り出せる程度の小さなトカゲが一瞬で巨躯を誇るワイバーンに変身した。
ヤキトリにはできない。少なくとも俺の知る範囲では。
ワイバーンのような大型肉食の爬虫類が伸縮自在にその肉体の大きさを変えられるとしたら鳥聖国にとって大変な脅威だ。そして問題はこの能力をすべてのワイバーンが備えてるのか、このドラゴとかいう特殊個体のみなのかだ。
それによってワイバーンの脅威度合いは変わってくる。
「ドラゴ!緊急事態だ!怠けてる場合じゃない!盗みがバレた!必要なら交戦し、隙をついて逃げるぞ!」
だが竜騎士は俺の問を無視してドラゴになにやら指示を出している。当然だろう。手の内はむやみに明かさないし、そもそも竜騎士にとって今はそんな状況ではない。
だが、
『大きさを変えられるのはワイだけやぞ。特別なオンリーワンだから。そこらの有象無象とは違うんです』
「……」
当のワイバーンが竜騎士の指示を無視して、俺の問いに答えてしまった。
青ざめる竜騎士。
突然のワイバーンの登場で警戒していた俺達だったが、ワイバーンの状況をわきまえない言動により、むしろ竜騎士が動揺した。ピンチかと思われたが一転、チャンス。
「ねえねえねえ!今どんな気持ち?俺の質問無視したのにワイバーンに答えられちゃって!今どんな気持ち?」
「その調子よトリガーシタガウル!!竜騎士も顔を真っ赤にしているわ!あんたの減らず口が今日は頼もしいわ!」
「カエン!てめえこの野郎!誰が減らず口だ!お前こそ得意の舌禍はいつ火を吹くんだ!」
「舌禍とはなによ!?というか舌禍が火を吹いたらだめじゃない?」
「お前たち言い争いをしている場合か!?真面目にやれ!」
俺達の精神攻撃に竜騎士は明らかに顔を歪め、冷静を欠いて見える。捕縛の好機と見て、アンジェを筆頭に俺達3人揃って動き出そうとしたところ。
『やってきたぞヒトカスコラアアア!』
静寂をつんざく金切り声を上げてヤキトリが合流してきた。
鶏の盗人を張っているときにヤキトリは邪魔だ。大きくて目立つし、いつ騒ぐかもわからない。
よって遠くに待機させていたわけだが、竜騎士の発見と同時に俺の天職の力で呼びつけた。ヤキトリは不死鳥の唯一無二の大切な手がかり。本来なら危険を伴う竜騎士とワイバーンのいる戦場に呼び出すべきではない。
だが、ヤキトリの肉体である飛脚鳥はワイバーンと張り合う頑強さを誇る。それに引き換え俺は弱くて臆病だ。国家が大切にするヤキトリを危険にさらしてでも俺の安全を優先したい。
ヤキトリは呼びつけてからそう時間も経たずに現着した。さすがは飛脚鳥の健脚だ。
だが、いかんせんタイミングが悪い。
敵味方問わずヤキトリの登場に呆気にとられ、俺達はチャンスを逃した。
『クオッ!?ワイバーン!?クオーッ!』
ヤキトリは喰われたトラウマがあるのかワイバーンにビビっているようだった。普段は著しく記憶力がないのにこんなことだけ覚えてやがる。
「おい!俺を盾にするな!むしろお前が盾になれ!」
そしてあろうことか御主人様である俺の後ろに隠れやがった。
『クオーっ!前世の恨み!ここで晴らさでおくべきか!』
ビビりながらも闘争心はあるようで、勇ましい言葉を喚き散らしている。
「前世といったか?口調も心無しか覚えがある。お前飲み込んだアヒルとなにか関係があるのか?」
「…」
竜騎士がヤキトリの言葉に反応した。
ヤキトリの肉体が喰われても、その人格らしきものが他の鳥に乗り移った情報は国家機密だ。
敵国の竜騎士にむやみに教えて良い内容ではない。俺は常識的判断のもと口をつぐんだ。
ところが、
『関係があるどころではない!我こそはそこのトカゲに喰われたアヒルだ!喰われた肉体の無念を胸に。我は蘇った!覚悟しろ!」
ヤキトリも隠してたことを喋ってしまう
「…」
「なあ…、」
竜騎士がおそらく初めて俺に声をかけてきた。
「…」
俺は努めて無視したが、竜騎士は止まらない。
「今、どんな気持ちだ?」
「…ぷっ」
「おい!今笑ったか!?」
「見事なブーメランだったわね。笑っちゃうわ」
カエンが吹き出したのを俺は見咎めた。だがカエンは悪びれることもなくニヤニヤと意地悪く笑っている。
「アンジェ!あいつらひどいんだが!?」
「くっ、くくく、いや、すまん。私も…」
「アンジェまで!?」
アンジェにまで笑われて失意の中、ヤキトリに目を向けると、ヤキトリとワイバーンは畜生同士の言い争いをしていた。
『おいコラ!トカゲコラ!なんか言う事ないんか!?お前の食事の犠牲者に対して言うことないんか!?』
『お前、ワイに喰われたの?』
『そうだっつってんだろ!謝れ!哀れな犠牲者である我に謝れぇえええ!」
『ワリっ、もううんこだわ』
『ピギャー!』
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