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※本作に登場する鳥知識はフィクションです。
王都郊外にある大きなレンガ造りの建築物、アーダル孤児院。立派で堅固な作りだがしかし、外装は剥がれ、薄汚れた印象を与える。
「ただいま」
そんなアーダル孤児院にカエンが入ると孤児達が集まってくる。
「カエンちゃん!おかえり!」
「ちょっと!院長って呼びなさいって言ってるでしょ!」
カエンは若くしてアーダル孤児院の院長をしている。前任が不正によって処分され、当時当孤児委員の孤児だったカエンが跡を継いだ。
日が落ちて夕食の時間だ。孤児たちが食堂に集まってくる。食事の調理は持ち回りで孤児たちが協力して作っている。
「院長!この肉、腐ってる!」
「嘘!?また!?」
食料品の質の悪化は最近のアーダル孤児院が抱える大問題の一つだ。
聖女としての役目によってカエンのお給金は増えた。それを孤児院経営に当てている。今回も聖女の給金を費やし、食料に費やす金銭を増やしたばかりだった。しかしそれでも、なお低品質な食料が紛れ込む。
以前はこんなことはなかった。
以前の孤児院は裕福だった。前院長の経営手腕によるものだったが、不正が発覚した。カエンが院長になってからは清廉潔白で明瞭な経営に注力していたが、みるみる経営状況が悪化した。
経営状況の悪化に合わせてより廉価な食料を購入するようになった。すると食料の品質は悪化した。味の劣化等なら良かったが、腐敗して、食料と呼べなくなった物体が混入する割合が著しく増加した。
「ここまでは食べれるかな?」
「よく焼けばいけるでしょ」
孤児院の子どもたちも食料の劣化に慣れてきていて、対処法も確立されてきている。
「院長お願い!」
『火炎操術・浄火』
調理のために竈門で熾した火にカエンは天職の力を行使する。清め祓う火の力で肉や食材の毒から子どもたちをどうにか守っている。
「ごちそうさまでした」
どうにか食事を終えて一息つく。
なにとはなしに頬杖つきながら子どもたちの会話に耳を傾けていると衝撃的な言葉が聞こえてきた…。
*
街中がゆったりとした午後の時間帯。俺が居間で一人、くつろいでいると突然、我が屋敷に来客があった。
「トリガー・シタがウル!出てきなさい!」
俺はその声と勢いに慄き飛び起きた。
「ぎゃーっ!!!カエン・バーナー!嫌だぞ!俺は生贄にはならん!」
「わかってるわよ。この前言ったでしょ。不死鳥の孵化の生贄は自ら進んで人柱になってくれる高潔な精神が必要だって」
不死鳥孵化の儀式にはどうやら生贄自身に聖句を唱えさせる必要があるらしい。ということは基本的に生贄自身の協力が儀式には必要とされた。
「わかんないだろ!切羽詰まって無理やり協力させようとしてくるかもしれないだろ!?」
「どうやってよ!」
「拷問とか人質とか色々あるだろ!」
「……」
「おい!その手があったかみたいな顔で黙り込むのやめろよ怖いだろ!」
俺達が騒いでいると、騒ぎを聞きつけてアンジェが顔を出した。
「どうしたんだ?」
「わっ!聖騎士アンジェリカ!?なんでここに?」
「なんでって、一緒に住んでるからだよ」
カエンの疑問にアンジェの代わりに俺が答えた。
「あんた達そういう関係だったの!?」
「そういう関係とはどういう…」
「まあね。俺達、実はそういう関係だったんだ!」
「おいトリガー!待て勝手に返事をするな!そういう関係とはどういう関係だ!すごく嫌な予感がするが」
「聖騎士アンジェリカ、男を見る目は無いようね!」
「「おい!どういう意味だ!」」
意味は違うが、はからずも俺とアンジェは同じ言葉を叫んだ。
「冗談よ。それより、あんたのとこの鳥についてよ!」
「私はまだ納得していないのだが…」
アンジェの言葉を黙殺して俺は答えた。
「ヤキトリのことか?」
「違うわよ。あのオウムよ!」
どうやらカエンの用件は青い鳥事業の広報に使ってるオウムのことについてのようだった。
*
『失せろ失せろ』
『黙れ黙れ』
『ちんこちんこ』
『ファッキュー』
街に放っていたオウム達を収集すると、聞くに耐えない言葉をオウムたちがさえずっていた。
さしもの俺も顔を引きつらせた。
「どうにかしなさいよ!」
カエンの何度目かわからない苦情に俺は言い訳を口にした。
「いやあ、この国の民度が思いのほか低かったというか…」
「国の民度とあんたのオウムが下品な言葉を囀るのはどう関係するのよ」
「そうだぞトリガー。いたずらに国民を貶めるべきではない」
「いや、オウムは聞いた言葉を真似して話す鳥だから。頻繁に使う言葉が下品だということは、よく聞く言葉が下品だということで、よく聞く言葉というのは市場にいる人々、つまりは国民というわけで…」
「あんたが喋らせてるんじゃないの?」
「違うよ」
バードテイマーの中でもとりわけ力の強い俺だが、そんな俺でも四六時中鳥に命令を与え続けることはできない。数が増えればなおさらだ。
オウムたちには宣伝文句を話すよう指示を与えていたが、日が経つごとにその力は薄れ、街中でよく聞く言葉を話す様になってしまった。
そして残念ながら街中で浴びせられる言葉がこの低俗な言葉たちだったというわけだ。
「最近公務に勤しんでいたのが裏目に出たか」
「どういう意味だ」
アンジェの疑問に俺は答える。
「オウムを永遠にテイムの影響下に置き続けることはできない。複数羽が相手ならなおさらだ。だから定期的にテイムによる命令の重ねがけをしていたんだけどそれが公務で忙しかったから滞りがちになってしまってたってこと」
青い鳥の販売に集中していたときは定期的に指示を更新していたため、このようなことはなかった。
だが、近頃は公務に勤しんでいたため、オウムへの指示が疎かになっていた。
「ぐっ、そうか…」
公務しろ公務しろと最近うるさかったアンジェがバツが悪そうに鼻を掻く。
どう考えても公務をサボりがちだった俺が悪いが、アンジェは真面目だから責任の一旦を感じてくれているようだ。
「まあ、でもオウムは全羽呼び戻して指示かけ直すからもう大丈夫だよ」
俺がそう言うとアンジェは少し安心した様子を見せた。
「もう大丈夫なのね?今後同じことは起きないわね!?」
カエンが疑わしげに言った。
「また忙しさでオウムに構ってられなくならなければな!というか、なんでカエンがそんなに怒ってるんだよ。多少不快かもしれないけどそんなに目くじら立てることでもないだろ」
俺がそう言うとカエンはむっとして言った。
「うちの孤児院の子達が真似してるのよ!」
「…ごめん」
カエンの言葉に俺は素直に頭を下げた。
本年ありがとうございました。また来年もよろしくお願いいたします。
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