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「一緒に住まない?」
「…」
俺の極めて自然かつさりげない誘い。それに対してアンジェはジト目で黙って俺を見つめるのみ。
続く沈黙の気まずさに耐えきれず俺は口を開いた。
「なっ、なんだよ!?」
「いや、どういうつもりかと思ってな」
「どうもなにも俺の護衛をするなら一緒に住むのが一番合理的だろ!?」
俺達はコーカサスの岩山から王都に帰ると、事件の経緯を改めて国に報告した。結果、王都にしばらくの間とどめ置かれる事となった。
すると当然のようにアンジェが「さて王都でのお前の護衛スケジュールについてだが」などと言い始めた。なので俺の極めてクールで合理的な建設的意見が出たわけである。
「いや、お前と同じ屋根の下で寝泊まりするのは身の危険を感じる」
「はあ!?天下の聖騎士様が俺相手にどんな危険を感じるんだ!?言ってみろよ!どんな危険を感じるか具体的に言ってみろよ!」
「そう必死になるところが余計に怖いんだが…、だが確かに貧弱なお前相手に私が遅れを取るとも思えんな」
「ぐっ、ひっ貧弱…」
「国の用意した屋敷は広いし、そもそも寝室を共にするわけでも無い。そのうえで考えれば、まあいいか」
「はい決まり!女に二言はないよ!決まり!」
「だから必死な感じが怖いと…早まったか…」
どうにかアンジェに同棲を了承させた。完璧な頭脳プレーだ。腑に落ちない部分もあるがまあいい。こうして俺達は一緒に住むことになったわけだ。
わくわくする。もしかしたらアンジェとあんなことやこんな事になってしまうかもしれない。
ぐちょぐちょに爛れた生活を想像していたし、何なら子供の名前まで考えていたが、現実は当然妄想のようにはいかない。
「王都暮らしも飽きてきたな。領地帰りたい」
「働け!」
最初の頃はアンジェとの同棲と王都の遊びに浮かれていたが、だんだんと飽きてきた。
そもそもアンジェとはコーカサスの岩山での旅程の際や飛脚鳥の事件の際の天幕などで、限りなく近くで寝泊まりしていた。
状況の違いはあるものの数日もすれば慣れてしまい新鮮味がなくなる。
状況の変化による関係の変化に期待していたが、この程度の状況変化では長年連れ添った俺達の関係性を前進させるには至らなかった。
更に王都では定期的にバードテイマーとしての仕事を求められて面倒事も多い。
領地であれば断れたことも、ここではどうにも断れない。原因は人間関係上の微妙な機微だ。俺は領地では統治者の一族として重んじられるが、ここでは数多いる貴族の親族に過ぎない。
領地で得ていた忖度を受けることができない。これが意外なほどストレスとなって俺の仕事へのモチベーションを奪っていた。
「アンジェが言うなら仕方ない。カラーひよこの出見世でも出すか」
「違う!お前の個人的な商売のことではなく、公務をしろと言っている!それとひよこに色をつけるのはやめろ!ひよこがかわいそうだし、買い手を騙してもいるだろう!」
俺は王都で自分の特技を活かして商売を始めていた。
ひよこに絵の具で色をつけて物珍しいひよことして販売したり、様々な鳥の卵を並べてくじ引きをしてみたり。
バードテーマーの俺にとって鳥の卵を探したり、ひよこを手に入れるのは容易なことだ。仕入れはタダ同然で意外と儲かっているが、アンジェはなぜかあまりいい顔をしない。
俺はアンジェの言葉に従い仕方なく公務について考えを巡らせる。
今俺は不死鳥テイムの王命とともに、国管理の鳥小屋の生産性向上の為の指導を任されている。
正直だるいが、そうも言ってられない。
「仕方ない。わかったよ。アンジェのいうとおり、人様の仕事に上から目線で ダメ出ししてくるよ。バカどもを正論パンチで殴ってくる」
「誰がそんことを言ったか!やめてさしあげろ」
アンジェが眉間にしわを寄せて苦言を呈した。
「なんでだよ。間違ったことは言ってないぞ。夢見がちな理想主義者には現実を、怠惰な懐古主義者には効率を突きつけているだけだ」
「無駄に波風立てるなと言っている。仮にお前の言が正しいのだとしても伝え方というものがあるだろう!」
アンジェの言葉に俺は怯む。アンジェはさらに言い募った。
「どうしてお前はいつも否定から入るんだ!しかも半笑いと大げさな所作で煽り、最終的にはため息を吐いて鼻で笑う!そんなやつの言う事を誰が素直に聞くか!国を良くするためとうそぶくならせめて相手に受け入れられる言い方を心がけろ!」
アンジェのお叱りを受けて俺は自省する。
確かに、元はと言えば俺の有用性を示して不死鳥テイムの王命が失敗しても、国内で悪い扱いを受けないための活動だったはずだ。
後から公務としての使命も帯びたわけだが、目的は変わらない。
それが仕事に追われるうちに、いつのまにか、ストレス発散のための手段に成り下がっていた。
確かに俺の行動は俺のためになっていない。
俺は顔を上げてアンジェを見ていった。
「わかったよアンジェ。俺、態度を改めるよ」
「お、おうそうか。ならいいんだが…」
急に物わかりの良くなった俺に大して怪訝な顔をしたアンジェを置いて俺は仕事へと向かった。
数日後
「トリガー。最近やたら鳥小屋の管理者達が従順なようだが…」
「何って相手に指導内容を受け入れてもらえるように工夫しただけだけど」
「そ、そうか。お前のことだからろくでもないことをしたんじゃないかと心配したが」
「ひどいなアンジェ。俺だっていつも悪さをするわけじゃないよ」
俺はそう言って心配するアンジェに笑いかけた。
「そうだな。悪かった。態度を改めれば相手もわかってくれるということだな」
アンジェは俺の言葉に安心した様子を見せるが、少し認識違いがあるようなので正しておく。
「いや、反抗的な奴にはそいつの眼の前で俺のオウムに声真似させたんだよ。そしたら偶然言われたくないことを、自分の声音で言われちゃったみたいで…、その後は不思議とみんな言うことを聞いてくれるんだ」
コーカサスの岩山にてテイムしたオウムだ。なにかの役に立つかと思い可能な限り多く連れ帰っていたが、早速役に立った。
「要は弱みを握って脅迫したということじゃないか!」
「人聞きが悪いな。俺はただアンジェの言葉に感銘を受けて、どうしたら素直に話を聞いてもらえるか真剣に考えただけだ。大体、人に知られたくない醜聞がある奴が悪くないか?しかも、オウムが真似てるってことはわざわざそのことを口に出してるんだぜ?俺は悪くない。むしろ悪を裁く正義ですらある」
「ぐっ、それはそうかも知れないが…」
俺はなにか言うことを効かせる材料はないかと音を真似る能力の高いオウムを鳥小屋の管理者のそばに派遣し、弱みを握れやしないかと気を配っていた。結果、かなりの確率で弱みを握れた。
「要求も普通に鳥小屋の管理方法を効率化するための助言でしかないし。果たして俺は責められるべきだろうか。どう思うよアンジェ!」
俺の正論にアンジェは逡巡し、苦虫を噛み潰したような表情でどうにか口を開いた。
「そ、それもそうか。短絡的に叱りつけてすまなかった」
「わかればいいんだよ」
俺は鷹揚にうなづいた。
「さあ、わかってくれたならこの見るからに高級なお菓子を食べようか」
「どうしたんだこれは?」
「もらった。気持ちだってさ」
あえて誰からもらったかを伏せたのだが、アンジェには当然のように見破られた。
「駄目だろそれは!だいたい、先程はスルーしてしまったが、知られたくない事とはなんだ!?仮に犯罪であれば見逃せんぞ!」
「犯罪じゃないよ。不倫とか、娘の彼氏を娘に内緒でイジメて別れさせたとかそういうの」
他人にとってはどうでもいいが、当人達にとってみれば人生を左右しかねないような大問題、そんな秘密だ。
「碌でもないな!」
アンジェの咆哮に俺はやれやれと悟ったような口調で告げた。
「世の中こんなもんだよ」
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