21:ワイバーン
コーカサスの岩山は国家創生神話の聖地だ。
よって当然のように国によって管理されている。
しかし、山自体の大きさと厳しい自然環境下のため目が行き届いているとは言い難い。
頂上付近には祠が設置されていて、その管理をするための人員と道具が収納されている山小屋がある。
そこがひとまずの目的地だ。
コーカサスの岩山になにか異変はないか、注意深く辺りを見回しながら進む。もしあればそれが不死鳥への手がかりになるかもしれない。
手がかりの有無にかかわらず、詳らかな報告が求められることが想定される。それくらい国は今回の命令にはマジだ。
ヤキトリの出現が不死鳥テイムの王命にリアリティを与えてしまっている。
俺達はオウムをテイムした後、オウムを森に返し、着々と足を進める。
目的地の祠に近づくにつれて何やら違和感を感じ始めた。
「人がいないな」
アンジェがつぶやく。本来なら警吏の一人二人と遭遇するはずだ。そもそも王命できているし、連絡がいっているはずなのだ。
それにもかかわらず、山に分け入ってから一度も遭遇していない。
獣道を通っているとはいえ、一人くらい遭遇できるような警備網は敷いているはずだ。
「トリガー止まれ」
「ん?」
アンジェの静止に従い騎乗していた飛脚鳥に停止の指示を出す。
「げっ!?」
アンジェの視線を辿ると…灰色の鱗に覆われ翼を生やした大型の爬虫類が獲物を捕食していた。
「ワイバーン…」
「馬鹿な!?ここにいるはずのない動物だ」
俺の言葉にアンジェが激烈に反応した。
ワイバーンは我がフェニキア鳥聖国が戦争中のドラグニカ龍帝国が強く依存する家畜だ。
ドラグニカ龍帝国にとってワイバーンは移動手段であり食料であり友だ。我が国にとっての飛脚鳥みたいなものだ。
そしてこのワイバーンは我がフェニキア鳥聖国に生息していない。
戦時下においては兵士の騎竜だったワイバーンがはぐれて鳥聖国に放たれることがある。
しかし天候が合わないのか、天敵でもいるのか、いままで国内に定着したことがない。
ましてやコーカサスの岩山は龍帝国から離れた位置にある。
飛行能力を有するワイバーンとて簡単には来れない。
奇跡的な偶然によってここにたどり着いた可能性は当然否定できないが、とても嫌な予感がする。
そしてそんな俺の予感は的中した。
「トリガー伏せろ!」
「聖なる力 盾」
「げっ!?まじかよ」
アンジェがなにかに気づき、スキルによって空中に光の盾を出現させた次の瞬間、刃物がそれに激突した。
「そこか!?」「聖なる力 矢」
すでに飛脚鳥から降りていたアンジェが刃物の出元に対して複数の光の矢を放った。
「くそっ」
すると光の矢を避けて、岩陰からそいつは現れた。
暗い深緑の作業着らしき服を着た中肉中背の若い男だ。そして、特徴的なのはその髪色だ。
「アッシュグレーの髪!貴様!龍帝国の工作員か!?」
アッシュグレーの髪色は帝国人の人種的特徴だ。
男はアンジェの言葉を無視して口周りを血まみれにしたワイバーンに駆け寄る。
「食後だし無理させたくないんだが…」
そういいながらその背に騎乗し頭をなでた。
「ドラゴ、餌だ食い殺せ」
「竜騎兵か!?」
ワイバーンに指示を出す様を見てアンジェは言った。
竜騎兵はドラグニカ龍帝国が誇る最強の兵種だ。
ワイバーンに騎乗し空を駆る。帝国のエリートだ。
ワイバーンの数は多いがそれを乗りこなす者は帝国内でも数少ない。
竜騎兵の駆るワイバーンが大口を開けて突進してくる。
「聖なる力盾」
アンジェが光の盾によりワイバーンを防いだ。
すかさず俺はアンジェの乗っていた飛脚鳥と俺の飛脚鳥に命令を下す。
「蹴り殺せ」
二羽の飛脚鳥が左右から挟み込み鉄をも貫く蹴撃を放つ。
「ギュオアアアア」
ワイバーンの悲痛な叫びが響く。
見事に飛脚鳥の蹴りはワイバーンの胴体を捉えた。
しかしその強固な鱗を貫くことはできなかった。
それでも、その衝撃は凄まじく、内蔵を揺らしワイバーンは腹のものを吐き出した。
「!?」
吐き出したものを見て俺とアンジェは言葉を失った。
血と胃液でドロドロだったが、紛れもなく人だ。しかし、どう考えても生きてはいない。
「人?」
「警邏と遭遇しなかったのはそういうわけか」
おぞましいそれに生理的嫌悪感が湧く。
戦時下であるから人の死は近い。しかし、爬虫類に食べられるような死は慮外のことだ。
途端に怖気づいた俺は隙を生じてしまった。
腹部を蹴られ、吐いたばかりのワイバーンが飛脚鳥に乗る俺に襲いかかった。
「うわっ」
『ぴげっーぴげー!ヒトカスこらああ!どうなっている?!助けてくれ!』
「しまった!?」
ワイバーンの突進は飛脚鳥がなんとか避けてくれたが、ヤキトリの鳥かごを手放してしまった。
不死鳥の手がかりであるヤキトリが俺の管理下で死んだらやばい!
「トリガー!?ばかっ」
アンジェも思わずといった様子で言葉を漏らす。
竜騎兵は俺達の慌て様と人語を話すアヒルの特異さからその重要性に感づいた。
人差し指でヤキトリを指し示して命令をくだした。
「噛み砕け」
ワイバーンは翼を大きく開きながら太い両の足で駆け出した。
飛脚鳥に迫る速度に俺達は何もできず、鳥かごに入れられたままヤキトリはワイバーンの口に咥えこまれた。そして…
「ギュオアアアア」
悲痛なワイバーンの叫び声が響く。
ヤキトリが生存本能により火を放出しワイバーンの口内を焼いた。
ワイバーンはたまらずヤキトリを吐き出した。
ヤキトリを捕らえていた籠はひしゃげ、ヤキトリはそれによって生じた隙間から脱出しようともがいている。
「なんだ!?ドラゴ落ち着け!」
唐突に制御不能に陥ったワイバーンに竜騎兵はひどく動揺した。
そしてひしゃげた籠でもがく人語を話すアヒルが火を放っている様を目撃した。
「精霊憑きか!?」
竜騎兵はそう言うと「まさかここは本当に…」などと意味深につぶやいている。
そんなさなか、あっけに取られて間抜けヅラをさらす俺とは違い、アンジェは敵国の不法侵入者を打倒するために行動していた。
慌てて飛脚鳥達にアンジェと足取りを合わせるように指示を出す。
俺の指示はなんとか間に合い、アンジェと飛脚鳥が同時にワイバーンに追撃をかける。
飛脚鳥二体の蹴りをもろに食らったワイバーンの動きは精細を欠き、すぐにアンジェたちは追い詰めた。
「くそここまで来て…」
ドラグーンが苦渋の表情で吐き捨てた。
次の瞬間、ワイバーンの比翼の先に火が灯った。
「見ろアンジェ!ワイバーンが燃えてるぞ!?やったか!?」
「いや待てしかし、ヤキトリの火で翼が燃えるか?これはむしろ」
アンジェと飛脚鳥によって追い詰められたワイバーンがヤキトリの火によって致命傷を負ったのかと思った。だが、それは違ったようで
「グルルルラアアアア!!!」
ワイバーンは天に向かって咆哮しそして火のブレスを吹いた。
「アンジェ、ワイバーンて火吹けたっけ?」
「生物の生態についてはお前のほうが詳しいだろう。吹けるのか?」
「吹けない…はず…」
ワイバーンのブレスに動揺しているのは竜騎兵も同様で「火のブレス?いやそんなことより今は…」と言っているのが聞こえる。
そして異変は火のブレスだけではない。竜騎兵の駆るワイバーンは炎を纏っていた。その様はヤキトリに似通っている。
嫌な予感を感じつつも、しかし、飛脚鳥に蹴られたダメージは残っているらしく動きが不自然だ。
形勢が逆転したわけではない。今なおこちらが優勢だ。
「逃げるぞドラゴ」
ドラグーンもまた同じ判断をしたようだった。
「だが、念の為…」
ドラグーンはそう言うと騒ぐヤキトリに視線を合わせた。
『ヒトカスごらああヒトカスごらああ』
そして逃げ際に騒ぎながら籠をちょうど脱出したヤキトリをパクリと飲み込みそのまま飛び去った。
『ぴげえええ!』
ヤキトリの断末魔が青空に響く。
「おいおいおいおい嘘だろ」
「くそっ聖なる力 矢」
遠ざかっていくワイバーンに向かってアンジェはスキルを放ったがワイバーンに容易にかわされてしまう。
そうする間にもワイバーンはどんどん遠ざかっていき、そしてやがて見えなくなった。
「ヤキトリ…どうしよう」
呆然としていると俺が乗っている飛脚鳥が口を開いた。
『ぶはっビビったー』
「え?」
気づけばなんか飛脚鳥が熱い。
「まさか」
『ん?なんだこの体?ヒトカスこら!どうなってる?」




