15:飛脚鳥と人間の争い(終)
※本作に登場する鳥知識はフィクションです。
場所はマスキュール騎士爵の天幕の中
俺の眼前には顔を真っ赤にしたマスキュール騎士爵がいて、口角泡を飛ばして俺を責め立てている。
「これだけの被害を出してどうしてくれる!?」
「はあ?俺は本件の最大の功労者だが?」
俺とマスキュール騎士爵は険悪な雰囲気でにらみ合う。
飛脚鳥の駆除は大きく進み、ほとんど解決したと言っていい。
俺の圧倒的なテイム能力と、俺が提案した熱した石を撒く作戦が功を奏した。
しかし、俺がおびただしい数の飢えた飛脚鳥をテイムした直後、安堵と達成感に酔えたのもつかの間、テイムしていた飛脚鳥は慣性の力に従って、前方に突っ込んだ。
テイム直後、放心してなんの命令も下していないと、鳥って硬直して動かなくなるんだね。知らなかった。
忘れちゃいけないのは戦場には俺以外にも兵士やバードテイマーなどがいるということ。彼らは想定外の飛脚鳥の挙動に不意をつかれて大きな被害を出した。
重騎士の天職を授かったバージェスすら未だに寝込んでいることからその被害の大きさがうかがえる。
マスキュール騎士爵は俺の多大な功績を脇に置き、この被害の件について俺を糾弾しているのだ。
あまりにありえないマスキュール騎士爵の言葉と態度に俺は憤慨している。そしてマスキュール騎士爵の言を理不尽と感じたのは俺だけではない。
「マスキュール騎士爵、被害に合われた方には痛ましく思うが、トリガーの功績はそれを超えて余りある。そもそもこの件はマスキュール騎士爵、そちらが飛脚鳥を適切に管理できなかったことが原因だ。それを差し置いてトリガーを責めるとはどういった了見か」
「私の過ちと彼の功績と彼のもたらした被害は全く別のものだ。過ちを犯した者は他者の罪を見過ごせというのか!功績を上げたならどれだけ被害を出しても構わないというのか!」
「何を…!?」
アンジェも俺のフォローをしてくれるが、マスキュール騎士爵の開き直りぶりに面食らっている。
マスキュール騎士爵はそれらしい屁理屈を騒ぎ立てているが、明らかにマスキュール騎士爵の主張がおかしい。
とはいえこいつの現状を考えるとその言動もわからなくはない。
飛脚鳥の大脱走によってもたらされた被害はあまりに甚大だ。お家取り潰しは確定で下手すると一族郎党皆殺しの憂き目に合う可能性すらある。
マスキュール騎士爵はもはや有力な軍閥貴族のとりなしによって罪が減らぜられることを期待するしかない。
自らの命綱である軍閥貴族の覚えをめでたくするために、軍閥貴族の嫌いな俺の成果を少しでも貶めようとしている。
不死鳥テイムの王命を受けて以降、軍閥貴族は俺を蛇蝎の如く嫌い、俺が功績をあげることを嫌がるからだ。
マスキュール騎士爵も必死だ。
そんなのうまくいくわけないが藁にもすがるのが追い詰められた人間だし、こういう逃れ方をしようとするやつは意外と多い。
だからといって納得できるものでは到底ない。
「おい八つ当たりもいいとこだろ!粘着してくんな。足を引っ張んな!一人で責任取ってろよ!」
「貴様!責任逃れをするつもりか!聖国貴族にあるまじき態度!世のため、人のため、今ここで叩き斬ってくれようか」
「やれるもんならやってみろオラ!こっちには聖騎士のアンジェが付いてるんだ!聖騎士の守りを突破できると思うならやってみろ!」
「ぐっ、お、女に守られて恥ずかしくはないのか!」
「恥ずかしくないね!それにその理屈で言えばてめえだってアンジェに力で敵わないのを暗に認めてるじゃねえか!」
「き、貴様。ここは我がマスキュールの領地だぞ。我が一言で…」
「は?やるか?戦争するか?我が鳥の兵力は百羽弱!対する貴様は疲弊した兵がたったの数十人!ひねりつぶしてくれるわ!」
ほとんどの飛脚鳥は処分され、飢えた領民の胃に収まったが、百羽弱は俺の配下として留め置かれている。
こっちには百羽の飛脚鳥がついてんだ。てめえの兵隊でどれだけあらがえるかな?マスキュール騎士爵さんよぉ!と俺が強気でいると、俺のフォローをしてくれていたアンジェが呆れた視線を俺に向ける。
「トリガー、セリフが悪役のそれだ」
「そうだね、マスキュール騎士爵は死を待つばかりの身だからね。優しくしてあげないとね」
「ぐああああ!きさまあああ!」
マスキュール騎士爵はわなわなと震えたかと思うと、唐突に鬼の形相で掴みかかってきた。
「ひぇっ!アンジェ!アンジェ!このおっさん、捨て鉢になって掴みかかってきた!助けてアンジェ!殺されるううううう!」
「だからやめろといっただろう」
アンジェは呆れとともに俺とマスキュール騎士を引き離す。
「アンジェー!ありがとうアンジェー!痛て、畜生!こいつ握力強すぎるんだよ!」
「調子に乗って煽るからだ!反省しろ」
マスキュール騎士爵は俺をつかんで離さなかったため、アンジェがマスキュール騎士爵を絞め落とし、なんとか俺は開放された。マスキュール騎士爵は白目を剥いて床に転がっている。
「反省したよ。こうなるからみんな腫れ物扱いしてたんだな。普通後ろ指指して石投げつけるもんな。常識的に考えて」
「いや、殆どは道徳上の問題だと思うが…」
アンジェの言葉を受け流し、俺は荷物をまとめ天幕を出る。
「行くぞアンジェ!こんな物騒なとこいつまでも居られるか!マスキュールの凶行を国の文官にでも伝えてずらかるぞ!」
「まったくお前は…」
かくして俺たちは飛脚鳥の集団を引き連れてマスキュール騎士爵領をあとにした。
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