13:飛脚鳥と人間の争い2
※本作に登場する鳥知識はフィクションです。
撤退を確認後、俺たちはマスキュール騎士爵家の天幕に来ていた。
目の前には禿げたマッチョのおっさんがいる。
「マスキュール騎士爵お初にお目にかかる。聖騎士のアンジェリカ・シルバリエだ」
「おおぉ!?貴殿がかの聖騎士!?お噂はかねがね。まさかあなたのお力をお借りできるとは!」
マスキュール騎士爵は暑苦しくアンジェの手を取る。アンジェは嫌なようで、引きつった笑顔を浮かべ、失礼にならない程度に体を離している。
普段の俺ならすぐにでも引き離しているが、今の俺はこいつらにビビっている。マスキュール騎士爵家には
優秀な諜報部門があるとのこと。諜報部門に秀でている家は概して暗殺能力も高い。
俺はマスキュール騎士爵がアンジェの手を離し、挨拶を終えたのを確認してから声をかけた。
「マスキュール騎士爵、お初にお目にかかる。バードテイマーのトリガー・シタガウルだ。」
「ぐっ、貴様がシタガウル男爵家の軟弱野郎か…。体も張らずに軍功の横取りを企む狐。お噂はかねがね…」
マスキュール騎士爵は苦虫を噛み潰した表情で言った。
あれ?なんか態度おかしくない?俺、お前らの尻拭いのために遠路はるばる来たんだが!?
騎士爵は慣習で実質世襲しているが、本来世襲の権利を持たない最下位の貴族位だ。つまり我が男爵家より格が低い。
とはいえその当主であるから男爵家の子にすぎない俺にこの口のきき方をしても失礼ではあるが、問題にはならない。失礼ではあるが!
まあいい。所詮やつは貴族階級最下位。貴族の面汚しよ。
爵位の違いが人間の格の違いであることをこの俺が言動で示してやる。
俺はにっこり笑顔をつくり、友好の握手のために手を差し伸べて言った。
「俺はあなたが逆立ちしてもなれない天職持ちであり、飛脚鳥の鳥害とも言える本件で最も活躍するであろうバードテイマーだ。そこをふまえてよろしく…、あいだだだ!痛い!離せぇ!握力強いんだよ!」
「これは失敬。手加減したのだが…」
「ぐぬぬぬ」
「どうしてお前はそう煽り耐性がないんだ。先程まであんなにビビってたのに」
アンジェはやれやれと首を振り、ため息をついた。
俺が器の広さで穏便にマスキュール騎士爵との挨拶を終えた後、俺とアンジェは騎士爵家の侍従と国の文官から飛脚鳥の駆除に関するレクチャーを受けていた。
「すでに何名ものバードテイマーが従事されておりますが、どれだけ優秀な方でも一度に10羽の飛脚鳥を足止めするのが精一杯のようです。十分な貢献であることは間違い無いのですが…、お気をつけください」
「ここまでの数の飛脚鳥を相手にテイムを使用したことがないので確実なことは言えませんが、さすがに一度に10羽以上はテイムできますよ。ご安心ください」
俺は文官の説明に軽く答えた。
一般的に対象の知性が低いほどテイムはしやすい。鳩は知性がそれなりに高かったから、それなりの手間がかかった。しかし飛脚鳥は知性が低い。より手間なく簡単に多数を対象にテイムすることができる。
ところが文官は苦笑し、言葉を続けた。
「皆さん最初はそうおっしゃるのですが、ここの飛脚鳥はすごく餓えていて、その餓えがテイムを強く阻害します。テイムできる数は減りますし、テイムできても命令できなかったり効果時間が短くなったりします。」
「…大丈夫ですよ。はは」
不安になり始めた俺にアンジェが疑わし気に覗き込む。
「本当に大丈夫か?」
「ちょっと不安になってきた」
正直に心情を吐露する俺にアンジェは苦笑する。
「飛脚鳥に毒の餌を撒くことはできないのですか?」
アンジェが文官と侍従に質問した。
「もちろん試してはみました。しかし、元来飛脚鳥は免疫が強い生き物なのでほとんどの毒が効きません。効果のある強力な毒は数を確保できません。また、倒した飛脚鳥は食糧難の今、我々の貴重なタンパク源です。毒を食べさせると却って我々の首を締める結果になります」
「そうですか」
アンジェは肩を落とした。
「結局、今までどおり堅実に飛脚鳥を倒していくしかありません。バードテイマーはその主力となります。よってバードテイマーの身の安全を守ることは大きな意義があります。アンジェリカ様、護衛よろしくお願いいたします」
「心得ております」
アンジェは神妙に答えた。
「ところで、熱した石とかって試しました?」
俺は口を挟んだ。
「熱した石ですか?試しておりませんが…」
怪訝な顔をする侍従と文官とアンジェに俺が説明しようとした。
その時だった。俺が言葉を発するより先にいけ好かない大声が響いた。
「また奸計か!?まったく悪知恵だけはまわる!」
その言葉とともにバージェスが入ってきた。飛脚鳥に踏み潰されていたが、やっぱり生きてやがった。いたって元気だ。
「おい、お前何しに…」
「確かにバードテイマーは有用だ。しかし、単独で状況を一変させうるものでもない。戦闘職の天職持ちとセットにして初めて効果を持つ。あまり調子に乗らぬことだ」
「だからお前何しにきたんだって!」
「だが、策を弄するということは自らの力不足を認めている証。どうやら身の程はわきまえているようだ。」
バージェスは俺の言葉を無視してのたまった。バージェスは馬鹿だが、言葉に勢いがある。勢いに流されると、真っ当な返答ができなくなり、なんだか論破されたような感じになる。
実に遺憾だが、今がまさにその状況だ。バージェスに畳み掛けられ、答えあぐねていたところ、
「まあまあ、バージェス殿。彼が一人で戦況をひっくり返せるというのなら是非お願いしたいところ」
バージェスに続いてマスキュール騎士爵が乱入してきた。
「最も活躍するだろう一人と自己紹介はしたが、一人で戦況をひっくり返せるとまでは言ってない」
俺は思わずボソリと負け惜しみを口にする。
「なんだ?自信がないのか?顔が真っ赤だぞ?」
「おや?ぷるぷると震えてどうした?やはりバードテイマーに戦場は恐ろしいのか?」
「「ふはははははは」」
「……」
「お、おいトリガー。落ち着け。な?」
アンジェのどこか焦ったような声がする。
「おや、返事がないなあ」
「君にここでの仕事は少し荷が重かったかな?」
二人の煽りにいよいよ耐えきれず俺は言った。
「で、できらあ」
「ん?今なんと?」
わざとらしく聞き返してくるマスキュール騎士爵。
「おいトリガー!あっ、こら馬鹿!やめ…」
アンジェの静止を振り切り、俺ははっきりと言い放った。
「一人で戦況ひっくり返してやるっつったんだよバーカ!吠え面かく準備でもしておけ!」
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