8◎魚の骨
「小説で、お母君に蘇生術が載っている魔術書を渡したのは誰なんです?」
マテオが考察を再開した。
「そのことには触れられてないですね」
素人のエタ小説である。そこまで考えてはいなかった可能性が高い。
「お母君は今朝、村で誰かとお会いになるご予定がおありだったのでしょうか」
「支援しているインク工房の視察です」
「朝から?」
「ええ、午後は聖剣侯爵様がご来訪とのことでしたので」
「なら別の日にすれば良いのでは?」
もっともである。確かに疑わしい行動だ。
「小説で、今日は何か特別な意味があるんでしょうか」
「婚約以外に?」
「顔合わせを今日にしたことにも、意味があるのかもしれません」
「意味ですか」
私は紅茶を飲んで考える。
「ええ。誰かのお誕生日、家族の歴史、月の満ち欠け、地域の伝説、神話、それから」
「何かあったかしら」
そもそも小説のカミラ母は、この日何をしていたのだろう。
「小説では、顔合わせの日にカミラ母は登場しておりませんでした」
そうなのだ。小説のカミラ母は、外出しなかったのではなくて、そのシーンに登場していないのだ。何をしていたかは語られなかった。
「では、小説のお母君がその時何をなされてらしたのか、わからないのですね」
マテオも気がつく。
「ええ」
私は頷く。
「インク工房、今朝でなければならない理由」
マテオは声に出して考え始めた。眼を瞑り、上を向き、眉根を寄せる。こめかみに両の人差し指をあててグリグリと揉む。私も、その様子を眺めながら考えてみる。
「ねえ、村の名前は?」
マテオがカッと眼を見開いて顔を突き出す。何か思いついたのだ。
「エル・ウエソ・デ・ペスカド」
マテオはこめかみから人差し指を離す。
「やっぱり!」
「なにが?」
「高級魔法インクの名産地だよ!」
予想が当たって興奮気味のマテオは、砕けた口調になった。がっしりとした武人がはしゃぐ様子は、なんだか可愛らしい。
「魚の骨の形をした奇妙な土地に、そこでだけ取れる石があるんだ」
「ええ、習いました」
「ごめん、カミラの家が治める領地だよね」
どさくさに紛れて呼び捨てになった。満更嫌な気もしない。
「顔料に使う特別な石があることは知ってるんだけど、それ以上は分からない。カミラ、何か知ってる?」
「石の採掘には条件があって」
私も釣られて砕けた口調になってしまう。
「あっ、今日だわ」
マテオは腰を浮かせて手を揉み合わせる。頬も紅潮した。謎が解けていく喜びを全身で現している。声を失って、眼は爛々と輝いている。
「でも変ね。確かに石切場への入り口は、今日の朝日が当たった時にしか開かないけれど」
「何が変なんだい?」
マテオはわくわくと声を弾ませた。
「お昼には入り口が閉じてしまうのよ」
「まさか、閉じ込められた?」
「たいへん。お父様に知らせなくっちゃ」
私たちはティーテーブルをそのままにして、お行儀も忘れ走る。急に駆け出した私たちに驚いて、回廊にいた父親2人も立ち上がるのが見えた。
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続きます