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7◎白い花びら

 頭上の枝から白く小さな花びらが、ひらひらと落ちて来た。ティーカップを持つマテオの節くれだった太い親指の、曲がったところに花びらが載る。


「ふふっ」


 その奇妙な調和に、私は思わず笑い声を溢した。途端にマテオは首まで赤くして、急いで紅茶を飲み干した。私の目線で、指に花びらが止まったことは知れたのだ。柄でもない、と恥ずかしかったのだろう。


「お似合いですよ」


 私は褒めた。マテオは、優しそうな柔らかい茶髪に菫色の眼をしているが、聖剣遣いという豪胆な性質を秘めている。一方で、剣技の研鑽に励む人の手はひたむきな努力を告げ、信頼に値する。


 転生行列でのことや、小説の話、そして吸血鬼に憑依してしまった私のこと。そんな荒唐無稽な内容を真剣に話し合う寛容さ。とても好ましい人柄のようである。



 その清廉な心に、小さく白い春の花はよく似合っていた。


「その花は、清心(せいしん)を象徴するんですよ」

「褒めすぎですよっ」


 ガタリと音をさせて、マテオは中腰になる。私は思わず声を立てて笑った。マテオの瞳が幸せに染まる。私は気恥ずかしいのに、ついついマテオをチラチラと見てしまう。


「黒い糸屑の影響なのか、私の今世での性格のせいなのか、私は、変に義憤を感じてしまうんです」


 マテオは言葉を継いだ。私はふと、それと黒い糸屑とは関係が無いように感じた。


「義憤を感じるのは、聖剣遣いの資質なのではないでしょうか?」

「え、いや。考えたことも無かったな」

「正義の心が行き過ぎないように、修行なされておられるのでは?」


 そう考えると、カサヴェテス聖剣侯爵様が叱るのは、躾というより指導にも見える。


「そうか。黒い糸屑に囚われていすぎたな」


 マテオは得心して、晴れやかな顔になる。


「私の魂が入ったから、吸血鬼が蘇生されずに済んだ。マテオ様の義憤は、聖剣遣いの資質。ひとまずは、それでいいじゃありませんか」

「そうは言っても。私の義憤とはことの重大さが違う」


 マテオは気遣うように私を見た。いつか吸血鬼化してしまうのではないか、という不安を、まだ滲ませている。



「母の日記や、蘇生の研究に使った秘密の書斎を探しましょうか」

「それはよした方がいいです!」


 マテオが被せるように叫ぶ。私は驚いてマテオを見る。


「だって、邪な魔術で吸血鬼の姫を呼び返した実力者の持ち物や、まして秘密になんて、近づいちゃ危ない」

「あっ、確かに。小説、カミラ母が主人公ですし、黒幕はカミラ母かも」

「『そして誰もいなくなった』」

「それだと、最初に咬まれたラクウェルが黒幕ですが」

「被害者が犯人て意味では合ってるでしょ」

「そう言う意味なら、そういうことになりますね」


 所詮はエタ小説なので、実際のところは知りようがない。



「父は、小説の魔法伯爵マルケスと違って、母にも優しいですし、造形は冷たくて不気味ですけど、下々の者にも慕われております」

「色白ではあるけど、血色も良くていらっしゃるから、まず間違いなく人間ですよね」

「母も特に怪しい素振りは無いんですよ?」


 マテオはケーキの最後の一口を飲み込むと、フォークを静かに置いた。さすが武人。動きは優雅ではなく鋭い。無駄のない力の運用で、食器の扱いにも音がない。


お読みくださりありがとうございます

続きます

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