表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/13

5◎レモンミントゼリーをのせたムースケーキ

「黒い糸屑ですか」


 私は誤魔化すように、ケーキをフォークで切り取る。魔法伯爵家ならではの、季節外れなレモンゼリーにミントを散らした贅沢なムースケーキだ。魔法を使えば、季節を気にすることなく好きなものを食べられる。


 レモンミントゼリーを乗せたムースケーキは、マテオの好物だと聞く。稀代の魔法使いである父は、この婚約に相当乗り気なのだろう。



「ええ。何か不正な待遇を見かけると、普段感じないもの凄い義憤を感じるんですよ」

「やっぱり、私と母のことも」

「すみません」


 私たちは、一旦紅茶を飲む。


「その怒りが、自分でもおかしいと思うほどなんです。その度に、あの黒い糸屑を思い出して」


 気を取り直して続けるマテオは、どこか苦しそうだ。私は心配になってしまう。


「無理にお話なさらなくても」

「無理じゃありません」


 少し嬉しそうにマテオが笑う。社交用ではない、気の緩んだ顔だ。思い詰めている時に心配して貰えるというのは、嬉しいものである。まして、転生の列とか黒い糸屑とか、誰にも相談できない悩みだったのだ。今までさぞ辛かったことだろう。



「それで、お母君は?お姿が見えないようですが」


 先ほどよりは気楽な調子で、マテオはもう一度聞く。


「それが、今朝村へ下りたきり、まだ戻らないんです」

「その小説でも、私が初めてここを訪問した時に同じことが?」

「いえ、特にそんなことは」


 なかった、と言おうとして思い出す。


「そういえば、あの時ぶつかって来た黒い顔の人が、エタ小説がどうとか言ってましたね」

「エタとはその小説の題名ですか?」


 マテオは何も知らないので、とりあえず説明しなければ通じない。


「連載が長く止まることです。永遠に続きが発表されない連載中なんです。要するに未完のまま放置されていることです」

「なるほど。その怪奇小説のこととは限らないんですね」


 変に深掘りする性格でなくて良かった。マテオは、必要な情報だけ得ると主題にすぐ戻る。



「この小説のことかどうかは分かりません。連載が止まった小説全般への怨念が黒い糸屑になって、私たちにくっついたのかもしれません」

「きっとこの小説についてですよ」


 マテオは確信に満ちた声で言う。頼もしさにときめく。しかしそう思う理由は聞きたい。


「どうしてです?」

「あの糸屑がついたから、私たちは同じ世界に生まれ変わって来たのでしょう?」

「そうでしょうか」


 懐疑的な私に、マテオは自説に対する確信を持って力強く頷く。


「もし、未完の小説全般に対する恨みなら、私たちは別々の小説に転生してもおかしくはありませんよね」



「まあ、そう、かな?」


 歯切れの悪い私の返答に、マテオはニコッと頬を緩めた。何だか心がざわざわする。遠い記憶にあるような、どこか懐かしい、落ち着かない気持ち。


お読みくださりありがとうございます

続きます

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ