4◎思い出せることは
「ネットって何だか、覚えてらっしゃる?」
念の為に質問する。
「いえ、何だか分かりません」
同じ時期に転生の列にいたのだから、同じ時代の人のはず。列で会話が成り立っていたので、同じ国の人でもあると想像できる。魂の姿は死んだ時のものばかりではないそうだ。それどころか、私たちはどちらも何となく人形である光の塊になっていた。
残っている記憶には差がある。同じ時代の同じ国の人が、ネットを知らないということは考えにくい。転生の過程で忘れたと思うのが順当である。
差があるというか、私は今ネット怪奇小説のことだけを思い出した。小説の内容が理解できる程度には、前の世界を覚えている。しかし、どれもぼんやりとして頼りのない記憶だ。
「マテオさん、どんなこと思い出せます?」
「それが、転生の通路に入る直前しか覚えてなくて」
「醤油ラーメンや目玉焼きハンバーグは?」
「ショ?なんです?」
豆を発酵させた液体調味料、ヌードルスープ、卵を割り落として焼いたもの、挽肉を捏ねて小判形に焼いたものは、それぞれ現世にも似たような物が存在する。だが、私は記憶の中にある言葉のままで聞いてみたのだ。マテオさんは忘れていた。
「マテオさん、行列にいた時には、前世でお好きだった食べ物は覚えてらしたんですよ」
「カミラさんは、ずいぶん記憶がおありなんですねぇ」
「今、思い出したんです」
マテオは座り直して、また紅茶を口にした。
「それで、血を吸うとは?」
「現世の魔法通信鏡みたいなシステムをネットと呼んでたんですけど」
「はい」
「そこで素人の書いた気楽な小説を読めたんです」
「ほう」
マテオは興味を示して眉を上げた。
「その中に、題名は忘れちゃったんですけど、私たちの名前や土地の名前や特徴に全部一致する、血を吸う怪物の出てくる怪奇小説があったんです」
「最後まで読みましたか?」
マテオは不安そうに聞く。
「小説は途中までしか発表されなかったんですけど、ご安心下さい」
私は小説の内容と、私が吸血鬼ではないことを知らせる。だが、聞き終えたマテオは、優しい菫色の瞳に猜疑の陰を宿していた。
「カミラさんの元の魂は、死んだ赤ん坊の身体に戻ったわけではないんですよね」
「ええ、死産ですから。産声を上げることなく、魂は召されてしまいました。そうして空になった身体に、私の魂が入りました。所謂憑依転生です」
「それは確かですか?」
「確信はありませんが」
マテオの眉間に深い皺が寄る。私は現世での記憶を探る。
「いわれてみれば、生まれた時のこと、誰にも聞いてません」
「死産ではなかったことも考えられますよ」
「そうですねぇ。あとで父にでも聞いてみましょう」
「そうしましょう」
今日は婚約者の顔合わせだ。生まれた日の話は、話題として盛り上がるに違いない。ちょうど良い機会である。マテオは菫色の眼を鋭く光らせて肯首する。
「あなたはご自分のお母君を虐げておられる?」
マテオの厳しい追及に、私は恐怖を覚えた。思わず目を伏せる。
「あっ、すみません。黒い糸屑の影響ですよ!」
マテオは慌てて立ち上がった。
「私、考え込むと顔も言葉もキツくなるみたいなんです。父にもよく叱られます」
マテオが決まり悪そうに目尻を下げた。急に緩んだ表情に、思わずどきりとさせられてしまう。
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続きます