3◎血は飲みませんよ?
この小説の主人公はカミラの母だ。不気味で冷たい夫との間に出来た娘は死産だった。魔術書を読み漁り、ある夜霊廟で蘇生術を行う。蘇ったカミラは、吸血鬼になった。
館の者たちや村人たちを犠牲にしながら、カミラは令嬢として大切に育てられる。冷酷な魔法伯爵マルケスも、一人娘のカミラには甘い。だが、母は下女のように扱われている。
そこに、少年時代になぜか父と仲良くしていた唯一の学友、聖剣侯爵カサヴェテスがやってくる。彼はとある伯爵家の次男坊だったが、剣技を認められて聖剣侯爵家の養子となった。夫人の身体が弱く子供に恵まれず、先代侯爵は養子を後継にした。しかし、養子の妻もまた、早世してしまう。
妻を亡くした男寡の当代聖剣侯爵カサヴェテスは、息子マテオの嫁にカミラを望む。両家異存はなく婚約が成立した。ところがマテオが聖剣遣いの才能を開花させると、カミラの正体が発覚する。魔法伯爵マルケスも怪しいが、こちらは確信を持てない。
カサヴェテス聖剣侯爵は、虐げられている魔法伯爵夫人を救い出すべく、息子マテオと共に奮闘する。マテオがカミラを殺しそうなところで、数年間の更新中断に突入した。いわゆるエタである。
「あの私、血とか飲みませんから」
今のところ、小説とは違って吸血衝動がない。小説のカミラは霊廟で早速吸血していた。蘇生したての産声を聞いて、母の侍女ラクウェルが駆けつける。その白く柔らかな首に、小さな牙を突き立てるのである。
ラクウェルは、夜だけ活動する心を持たない僕となってカミラの餌を誘い出す。母だけは、人間のまま虐げられている。理由は不明だ。
その頃の現世について記憶はないが、ラクウェルは現在、健康な顔色で母に仕えている。私の魂が宿ったことで、魂なき怪物になるはずのカミラが普通の人間になってしまったようだ。もちろん、村人たちも1人残らず無事である。
「は?え?ああ、黒い糸屑の影響のことですか」
先手を打って人間であることを主張した私に、マテオは予想外の言葉を返した。そういえば、真っ黒な顔の人にぶつかられて、黒い糸屑のようなものがついた。取れないまま転生通路に入ったことを思い出す。後ろの人も取れないと言っていた。あの人がそのまま、マテオになっている。
「まさかマテオさん、血を飲むのですか?」
マテオには吸血衝動があるのだろうか。そして、その衝動をあの時にくっついた黒い糸屑のせいだ、と考えたのかも知れない。
「違いますよ、失礼な」
マテオは憤慨した。社交用の笑顔はとうに崩れている。
「まあ、ごめんなさい」
「いえ、でも何でまた血を飲むなどと?」
マテオは不審がっている。
「マテオさん、ネット小説の記憶ってありますか」
マテオは額に皺を寄せる。あの怪奇小説、そこそこ人気があったと思うんだけどなぁ。
「いえ、ネット小説って何ですか?」
そもそもネット小説に興味がなかったようだ。
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続きます