2◎お見合い
麗らかな春の日、白い花の咲く大木の下で、私は素敵な殿方と出会った。数年ぶりに訪ねてきたという父の学友が、連れて来た息子だ。彼は堂々たる体躯の若者である。17歳なのだという。
「カミラ、マテオだよ」
白髪の混じる黒髪をきっちりと撫でつけた父は、薄い唇や高い鼻で冷たい印象がある。だが、子煩悩の家庭人で、下々の者たちにも慕われている。
「マテオ、ご挨拶なさい」
柔らかな茶髪も親しみやすい学友氏は、やや硬い声で少年の背中を押す。マテオ少年本人よりも緊張しているようだ。
「初めまして。カミラさん。マテオ・ミノ・カサヴェテスと申します」
「初めまして。マテオさん。カミラ・ベラ・マルケスと申します」
私たちは優雅なお辞儀を交わす。大人たちは満足して、噴水の見える回廊へと移動した。回廊の一部が張り出しており、大人用のティーテーブルが設えてある。我々には、噴水から少し離れた花の下で別途、お茶とお菓子が用意されていた。回廊の大人たちからは丸見えだが、声は届かない。
大人たちの声が遠ざかり、椅子やお茶の世話をしてくれた給仕が少し離れる。すました顔をしていたマテオは、父親譲りの柔らかな茶髪をひと撫でする。内心落ち着かないのだろうか。父親よりは笑顔も自然だったのに。
「あの、黒い糸屑」
「えっ?」
私は慌てて、フリルやレースで飾られた肩や腹を確認する。上等な絹が微かにキュキュッと音を立てた。
「なんだ、覚えてないのか」
マテオはガッカリした様子で紅茶を口にした。
「何でしょう」
言ってから、はっと口を覆う。途端にマテオは紅茶を置いて身を乗り出した。
「思い出しましたか?」
「ええ、まさか、転生の行列の?」
「はい」
これは驚きだ。
マテオの言葉をきっかけに、私は前世読んだネットの怪奇小説を思い出していた。どうやら、架空世界に入り込んでしまったらしいと悟る。私が若い頃には、そういう小説が流行していた。
今私が生活しているところは、思い出した小説と酷似していたのだ。あまりにも名前や状況が一致しているのである。閻魔様、次も人間だって仰ったのに。普通転生の列に並んでたのに。架空世界、しかも怪奇小説だなんて。素人が書いたいいかげんな小説の中に。
閻魔様にとっては、架空世界も世界のひとつなのだろうか。それとも何かの間違い?どのみちこの世界に生まれてしまったのだから、同じことではある。
問題は、怪奇小説世界でどう生き延びるか、だ。記憶によれば、この世界の私は、目の前にいる素敵な若者に殺されてしまう予定なのである。
マテオに名乗った通り、私は、カミラ・ベラ・マルケス。怪奇小説でカミラといえば、もうお分かりだろう。リリスと並ぶ世界的に有名な吸血鬼女王の名前である。
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続きます