12◎中に人が入ったので
マテオはイメージを正しく受け取ってくれた。私は説明を続ける。
「そういうぬいぐるみの中に入って活躍する人のことを、俗に中の人っていうの」
「なるほどねぇ」
「それでね、子供たちには、中の人はいない設定になっていたのよ」
「ああ、なるほど」
「本当にそういう存在なんだ、って」
「夢があるね」
私はカップに残っていたお茶をゆったりと飲み干す。ちゃんと理解してもらったので満足だ。やり遂げた感じがする。
カップを下ろした私は、いよいよ本題に入る。マテオ本来の魂についてだ。
「架空世界の人物には、元は魂なんかないんじゃないかな」
「へぇ?」
「読者や作者の強い思いが魂を吹き込むんだと思う」
「ふうん?何だかよく分からないな」
「いいのよ、分からなくても」
「剣技しか分からないと思って、バカにしてんのか」
マテオは怒った。怒った顔もかっこいい。不快を素直に出しているが、こちらを見下したり憎んだりとは違う。一方的な怒りではなさそうだ。ちゃんとこちらの言い分も聞く準備が出来ている人の態度である。全部が素敵に見えて来た。
「そうじゃないわよ」
「じゃ何だ」
「いいのよ、架空世界なんだから。あり得ないことが起きてるんですもの。気にしなくっていいんじゃない?」
マテオは眉間に皺を寄せて、しばらく目を閉じていた。
「本当のマテオは元々いなくて」
「そう」
「あの時の黒い顔をした奴の怨念が、俺たちをここに連れてきて」
「ええ」
「架空の世界が動き出したのか」
「そうなのよ、きっとそうよ」
マテオもカップを空にする。
「じゃあ、カミラが吸血鬼にならなかったのはなんでだ?」
「この世界では、吸血鬼は魂がない怪物なの」
「それはもう聞いた」
マテオは、アーモンドクリームのたっぷり挟まったダックワーズに手を伸ばす。薄茶色の小判形をしたお菓子は、サクリと音を立ててマテオの大きな口の中に消えた。
「別の人に入ったならともかく、偶然入り込んだのがカミラの身体だったから、物語が全くの別物に変わってしまったんだと思うわ」
「カミラが死なず、マルケス魔法伯爵夫人は邪悪な魔術に手を染めず、魔法伯爵家の家臣や領地の村人たちも餌や下僕にされずにすんだ世界か」
私は大きく首を縦に振る。
「つまり、俺たちは中の人ってやつになったのか」
「そうよ」
「それじゃ、他の人たちは?みんな魂の無いぬいぐるみなのか?」
「そうかもしれないし、私たちみたいに魂が入ってるかも知れない」
「どっちにしろ、役を振られたってわけか」
マテオは肩をすくめた。
「でも、元の筋書きは変わってしまったんだから、気にせず自由に生きましょうよ」
「そうだな。この人生、今までだって自分の意思でいろんなこと決めて生きて来たしな」
カサヴェテス聖剣侯爵家は、自立主義の教育方針のようだ。
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