11◎着ぐるみと魂
私は、ここが小説の中だと確信している。若い頃にネットで読んだ途中から更新が止まってしまった怪奇小説だ。素人の手慰みに過ぎない半端なホラーで、唐突な展開や矛盾はそこここに見受けられた。だが、そういうところも含めて、若かりし前世の私は、愛好していたのだ。
書き手が楽しんで書いているんだろうな、という感じが伝わってくる作品だった。それは、私の勝手な感想にすぎないのだが。どこの誰とも知らない作者の紡ぐ作品である。どんな思いを込めて綴っていたのか、なぜエタに入ったのか、真実なんかわかる筈がない。
楽しそうだな、作者さんの日常が忙しくなって書けなくなったかな、またひょっこり更新が来るかな。そんなふうにのんびりと楽しんでいた。
ここは架空の世界である。おそらくは、エタ小説への怨念が私とマテオの魂をここへ連れて来たのだ。素直に考えるならば、役割を演じてお話を完結させれば、正しい輪廻の巡りへと戻って行かれる。
輪廻は螺旋を描いて涅槃へと向かう。険しい山道を行くように、時に下り、時に廻りながら登攀は続く。私たちはいま、ある筈のない場所でいない筈の人になって寄り道をしているのだろう。
死産であろうとなかろうと、吸血鬼女王カミラは物語世界の架空人物だ。元々魂のない人形芝居の一員である。マテオも同じ。たまたま私たちが送り込まれて、この世界は始まった。小説の世界は、作者が書き、読者が読み、思い描いている間にだけ存続する。
現実世界には、誰もが知ることのない場所や物資もまだあるだろう。そうした場所、人、物たちは、感知されなくたって存在する。だが、架空世界のそれはそうはいかない。
「マテオ」
「ん?何か思い出した?」
「中の人なんかいない」
「中の人?」
「ええ。中の人」
私はきっぱりと言い切った。マテオは飲み込めない顔で戸惑っている。菫色の瞳が深い眼窩の底で、驚いたメガネザルくらい大きくなっていた。思わず吹き出してしまう。
「何だよ!笑うなよ!」
拗ねた様子も可愛らしい。大きな人が子供みたいに口を尖らせている。私は礼儀を放り出して、腕を伸ばした。唇を摘んでやろうと思ったのである。
「ちょっとカミラ!」
流石は聖剣侯爵の跡継ぎ息子。未熟な魔法使いの鈍い動きを躱すことなど朝飯前だ。
「素早いのね」
私は感嘆する。
「で、中の人って何だよ」
「前の人生にはね、ぬいぐるみの大きなやつの中に入って演技をするお芝居があったのよ」
「へえー」
「軽技をする人さえいたわ」
「凄いなぁ。見てみたいなぁ」
マテオは前世を忘れている。だが、大きなぬいぐるみの外殻を被ってアクロバットをする姿は、想像できた筈。そんなことをする演者がいない世界だ。さぞかし凄い技術に思えただろう。
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続きます