10◎花びらとお化け
数日ならともかく5日も到着が遅れた頃、父が調べたのだった。途中の道で崖崩れがあると分かり、父はたった1人の友達の身を案じていた。街道の復旧後、到着が遅れる知らせがあった。すっかり忘れていた。
「なあんだ」
マテオが朗らかに笑い出した。おかしそうに笑っているのに、なんと穏やかな笑い声なのだろう。我が家の剣士たちは、もっと豪快に笑う。それを嫌う貴婦人方もおられるが、私は小気味良いと思っている。だが、マテオの控えめな笑い声は、もっと好きだ。幸せな気持ちになる。
「さ、もう戻りなさい」
私たちは父親たちに促されて、今度こそお茶のテーブルへと戻る。腕を借りるエスコートではなくて、しっかりと手を繋ぐ。どちらからともなく差し出した手の、指と指とが優しく絡まる。
小型の野外湯沸かし器を使って、給仕がお茶を淹れ替えてくれた。銀製の巨大な卵型をしたこの装置は、父の発明した魔法の道具である。我が家にしかない。竜の卵を模した形だという。かつて、唯一の友達である聖剣侯爵カサヴェテス様と一緒に竜の巣を訪ねて、見せて貰ったそうだ。竜とは友好関係にあるという。
お菓子もいつのまにか新しくなっていた。置きっぱなしで乾いてしまったのだろう。気の利く給仕だ。
「あ、死産のこと聞くの忘れたわ」
「お母君がお戻りになられてから聞いたらどうだい?」
「ええ、お夕飯の時にでも」
「うん。俺の生まれた時の話も、きっと出るな」
私たちはすっかり打ち解けていた。
「きっと死産じゃないよ」
「ええ、そうね。私がカミラに入ってしまったから、お母様も蘇生術なんか必要なかったに違いないわ」
「インク工房に行ったのも、ただの特産品の視察だよ」
「きっとそうね」
私たちはハートの形をしたクッキーをつまむ。窪みにレモンミントゼリーを乗せたハートは、少し細長く、下半分の片側が抉れた形をしている。
「何だかお化けの尻尾みたいね」
「ははっ、ほんとだ。でも、花びらにもみえるよ」
「マテオはロマンチックなのね」
マテオは照れて、目の縁が赤らむ。
「カミラはお化け好きなの?」
「ええ。お話なら面白いわ」
自分が吸血鬼になって退治されるのは、ご勘弁願いたい。
「そういえば、マテオも憑依転生よね?」
「あれ?そうだよな」
二つ目のクッキーを口に運ぼうとしていた無骨な手が、中途半端なところで止まる。
「小説では、俺の子供時代ってどんなだった?」
私は思い出そうとする。
「うーん、突然訪ねて来たのが初登場で、それより前の話はお父様が養子でお母様は体が弱く早世したって説明くらいかなあ」
「そうか。そしたら分からないね」
気まずい沈黙が流れる。
「ねえ」
「何だい?カミラ」
「もともと架空世界なんだし、元のマテオなんかいないんじゃないの?最初から」
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続きます