第八話・おまけ カラ爺の苦悩
私はカラ=パルティア、58歳だ。
もうすぐ還暦を迎える年となった。パルティアの統治官になってもう16年となる。
パルティアの街は平和だ。この街は人口一万人もいないし、冒険者たちもごくわずかしか居ない。まぁ、この街にいる冒険者は皆、訳ありなんだがな。
ここは独立都市と呼ばれ、各国の管轄外なのだ。
そりゃそうだ。最も危険とされる【暗黒領域】に最も近い街なのだからな。こんな街、どこの国が欲しがるんだ。
交通の便も悪い。一年に一回しか隣町に行く馬車がない。道はあるのだが、ここは危険地区と呼ばれてるほど危険なのだ。運送専用の道を造るという案があったが、未だ進展なし。
しかし、この町の住民は皆、優しく礼儀正しく隣人愛に溢れている。だからこの街が好きなのだ。
毎日毎日、変わらない日々が続いていた。
そんな中、今日だけは違った。
この街に旅人が来たという。自殺志願者と思うほど無謀なことだ。しかも【暗黒領域】の方から来たという。
私は疑った。魔族が来たのではないか、と。
そうなれば、この街はすぐに血の海と化すだろう。
私は急いで向かった。
会ってみれば、まだ10代に見える男女二人組だった。
しかも何やらお湯を張って足を付けているではないか。温かそうだ。
それはともかく、二人共人間の姿をしている。魔族の擬態でも同じようなことが出来る。
だから、見た目で判断してはならない。
判断基準はステータスだ。私には冒険者時代に上げたレベルと鑑定スキルがある。
ステータスは口ほど物を言う。
早速、鑑定してみようか。
嬢ちゃんの方はレベル14か。ちゃんと人間だった。
年齢も17歳。まだ成人前じゃないか。この世界では18歳超えると成人扱いになる。
成人前なのにレベル14か。そこら中にいる冒険者より強いかもしれない。私でもレベル20だというのに。
少なくともこの町ではトップクラスに入るほどレベルが高い。
将来が楽しみだ。
問題は隣の少年だ。
まるで私の鑑定が効いてない。ほぼ全てにおいて靄がかかっていて見えない。
このような現象は中々起きない。この現象の原因は、ただ単純なレベル差。
つまり、この少年はレベルが私より遥かに高いということ。そして、魔族である可能性が高くなった。
もっと慎重にせねば……。
次は質疑応答だ。
私には生まれつき持っていたレアスキルがある。その名は【真偽の目】。相手が言ったことは真か偽か判断できる。
質問の内容は3つ。
一つ、なぜ【暗黒領域】の方向から来たのか。
二つ、どうやって魔物を回避した。
三つ、人間か。
二人共、それなりに強そうだが【暗黒樹海】をあのような軽装備で突破できるほど甘くはない。ここらへんの魔物はどれもレベル50以上はある。とすれば、なんらかの理由で回避したのだろう。そして、その少年が人間かどうかを本人から直接聞く。これはかなり危険が伴うが、どのみち魔族が来たらこの街は終わりだ。
一つ目の質問の返答は、記憶損失になった、と。これはウソだった。つまり、言えない事情があるということだ。ますます怪しい。
二つ目の質問の返答は、倒した、と。内心ではあり得ないと思っていても、スキルは本当であると告げている。その証拠に魔物の死骸を出してきた。まるまる一匹丸焦げ。しかも【フレアウルフ】の死骸。本当に魔族な気がしてきた。
三つ目の質問の応答は、人間だ、と。これは本当だった。よかった。ちゃんと人間だった。
安全(?)だと思ったので、二人を釈放した。
最後に、彼らの名前を聞いた。この街に住む人や来訪者は一人残らず記録している。彼らのことも書かなければ。
・ ・ ・
執務室にて……。
「はぁぁ……。長年、統治官を務めていたが、これほど緊張したことはなかったな」
今日はもう仕事をする気がない、したくない。
しかし、そんな気持ちになっても仕事は回ってくる。
「カラさん、この書類に目を通してください」
「すまん、今日は休んでいいか?」
「駄目です」
「しかし」
「駄目です!」
「……はい」
はぁぁ。化け物じみた少年にこの大量の書類の確認、もう疲れた。
このあと、あまりの苦悩に耐えられず、三日間寝込んでしまった。
そのせいで、仕事が更に増えた。カラ爺の苦悩の負の連鎖が始まった。