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脅迫と毒

 午後からは、警察隊の騎士だ、という男達が訪ねてきた。

 どうやら襲われた馬車を発見したらしく、事情を聞きたいということらしかったが、聞きたいと言われても俺はまるで覚えていないのだから仕方がない。


 場所は、ブリジッダの店の二階だ。

 

 というか、そもそも俺はエレノアが死んでからの事しか知らないのだからな、と言うわけにもいかず・・・

「思い出せません。何もかも記憶が無いのです」

 と答えた。

 警察隊の騎士、というのは、地位が高いらしく、仕立ての良い服を着て、腰には立派な剣を携えていた。

「なるほど、記憶喪失らしいとは聞いておりましたがな。だが、はいそうですか、と引き下がるわけにもいかないのです」

 そう言うと、男は連れの若い方の騎士に合図をした。

 若い方の騎士は、頷くと荷物からみすぼらしい剣を一振り取り出すと机の上に置いた。


 エレノアバスター、だな。


「エレノア殿は、この剣を持っていたそうですな。これは何処で手に入れましたかな?」

「えっと、それは・・・」


 本当のことを言うのはどうなんだろう?

 盗賊だとは思うが、この場合、正当防衛で無罪になるんだろうか。

 いや、そもそも、か細い体のエレノアが、盗賊を倒したなんて信じてくれるんだろうか?


「・・・途中で拾った・・・」

 まあ、嘘は言ってない。

 ちょっと省略しただけだ。

「拾った、ね・・・。警備隊の兵士が、今朝、焼死体を一つ発見した。かなり焼けて顔も判別出来なかったのですがな、腕に刺青があった」

 そして男は俺の・・・エレノアの顔を見た。

「死んでいた男は、警察隊の騎士でした。名前はゴーチエ、私の部下です」


 は?

 いやいや、盗賊だろ?俺、というかエレノアを躊躇いなくも切り殺したんだぞ?

 警察隊の騎士様が、何故に、領主の娘を、一刀両断にする必要が・・・。


「ふん・・・さすがに貴族の娘だな。顔色一つ変えぬ。だが、お前は何か見たはずだ。何を見た?ええ?何か言ったらどうだ?」


 急に凄みを帯びた声で男は言った。震えあがりそうな声だが、静かに・・・男は俺を、エレノアを睨みつける。


 だが、俺も伊達に日本で何十年も生きてはいない。それに、いざとなれば、今の俺には魔法という武器もある。

「知りません。それに、その剣、ゴーチエさんの物だという証拠でもあるのですか?見たところ、安物の粗悪品のようですけど?警察隊の騎士様が持つには、少々不似合いなのでは?」

 男も能面のような冷たい笑みを浮かべたまま、こちらをじっと見つめる。

「ああ。この剣はゴーチエの物では無い。こんな粗悪品を使う理由は無いはずだからな。ああ、ひょっとすると・・・」

 そこで俺の反応を確かめるように数秒の沈黙があった。俺は黙ったまま次の言葉を待った。

「ひょっとすると、ゴーチエは領主の娘を守ろうとして盗賊と戦ったのかもしれませんな。ふむ、それなら合点がいく。ゴーチエの剣は盗まれ、代わりに粗悪品が捨て置かれた。より良い剣を盗んでいったわけだ」

「・・・はあ?警察隊の騎士様というのは、そこらの粗悪品を使うような盗賊に倒されるような人物なのですか?いや、そもそも守ってもらった覚えもありませんが?」

「エレノア殿。そんなことは言う物ではありませんぞ?どこの誰がゴーチエを倒したかなど存じませんが、このフロンティニャンにはご一緒されなかったようですからな。御身の安全は我々警察隊が保護することになりますかな?」


・・・いや、ちょっと待て?え?そういうことか?え?いや、まずいだろ?


「いえ、結構です。あ、ブリジッダさんの家でお世話になりますし、ほ、保護なんて必要ないですし・・・」

「ですが、エレノア殿は盗賊に狙われておりますがゆえに」

「いえいえ、気を遣わずに・・・。俺・・・いや私は・・・その・・・ひ、一人にして欲しいので」

 男は俺から目を逸らした。


 そうして、まるで他人事のように呟き始めた。


「・・・そうですか。エレノア殿は記憶喪失でいらっしゃるから、少しでも知り合いの世話になる方が良い、とブリジッダ殿も仰られてはおりました。ですが、記憶を取り戻し遊ばされたなら、そして、ゴーチエを倒した盗賊の事を思い出したりした時には・・・一緒に来てもらわねばなりませんな。治安維持のためにも、盗賊の詳しい話を伺わねばなりませんからなあ・・・」



 事情聴取という名の、脅迫が終わり、やつらは帰っていった。


 後で聞いた話では、結局、彼らは名乗ることもせず、ただ、警察隊だと言っただけだったようだ。


 つまり・・・ここフロンティニャンの警察隊は味方ではない、ということだ。

 それどころか、エレノア襲撃に深くかかわっているのだろう。


 なるほど、城門の兵士たちも反応が鈍いわけだ。

 そうか、すべて敵というわけか・・・。



 その夜、夕食の味はまるでしなかった。


 右も左もわからない世界で、誰も知っている人間もいない世界で、周り全てが敵かもしれないという疑心暗鬼のまま、俺は与えられた自室に戻った。


 とても疲れていた。


 きっと少女の体には過剰なストレスだったのだろう。


 とてつもなく眠気を感じていた。

 今すぐにでもベッドに横になりたかった。


 そして、そこには柔らかなベッドがあった。


 俺は、ほとんど気を失うようにして・・・ベッドに倒れ込んだ。



 翌朝。


 目が覚めた。


 そして、めちゃくちゃ吐き気がすることに気付き、慌ててベッドから出たところで耐え切れずに胃の中の物を吐き出した。


 こんな吐き方をするのは・・・十年ぶりくらいだ・・・。


 もう若くない、と暴飲はしなくなって10年は経つ。最後に吐き戻したのは、なんの飲み会だったかな・・・。


 そんなことを考えつつ、どうして俺、エレノアは吐き戻しているのかと思った。


「馬鹿ね、あなた。毒を盛られたことにも気付かないなんて」


 見上げると金色の鱗粉を纏うピクシーがいた。

「ドナ・・・」

「不死属性が無ければ、間違いなく死んでいたわよ?昨日の夜、ベッドに倒れ込んだのは疲れていたからじゃないわ。死にかけて気を失いかけていたからよ。その、あんたが吐いているのは昨日の夕食ね。あんた、また死んでたから夕食が消化されずにいたわけよね。ああ、毒が入っているかどうかくらい見分けられなければ、毎日でも殺されるわよ?」


 毒・・・。


 目の前の吐瀉物を思わず見つめる。


 昨日の、夕食・・・。


 つまり、この家の中も安全ではない、ということか・・・。


 口を手で拭う。


 もう吐き気は無い。腹が空いてきたくらいだ。毒を盛られたらしいのに、エレノアは今日も元気なようだ。

 素晴らしい体だな・・・。


 いや、思わず現実逃避してしまった・・・。


 いつまでも不死属性があるわけじゃないのはわかっているんだ。


「ドナ・・・」

「なによ?」

「俺は・・・どうすればいい?どうすれば、毒を見分けられる?」

「知らないわよ。そんなこと。でも、そうね、エレノアは・・・毒を見分けられる知識を持っていたはずだわね。なにせ物心ついたころから命を狙われ続けたのですから。次女のハンナや、従者のメルヴィンが教えてくれたはずだわね」

「エレノア・・・の知識・・・」


 この体、エレノアは、小さい頃からこんな毎日を過ごして来たというのか。


 なんて不憫なんだ・・・。

 だが、今は同情なんてしている場合ではない。何故なら、その同情をすべきか弱い少女は、自分自身なんだからな!


「ドナ!エレノアの知識は手に入れられないのか?」

「・・・ふっふふ・・・」

 ドナは嫌らしい声で笑った。

「手に入りますとも。いえ、既にエレノアの記憶はあんたの中にある、というべきよね・・・ふっふふ」

「何がおかしいんだ?俺には、エレノアの知識が必要なんだ。頼む、どうしたら手に入るんだ?」

「手に入るか?ですって?簡単よ。思い出せばいいのよ。エレノアの記憶を思い出す、ただそれだけの事よ」

「ど、どうやって?」

「クローバーを食べてみたら?思い出すかもしれないわよ?」

「クローバー?」

 そう聞き返すとドナは大笑いをしながら姿を消した。


 最後までちゃんと説明しろよな・・・。


 ともかく、クローバーを食ったら記憶を取り戻せるかもしれないんだな。


 クローバーと言えば、三つ葉のあれだよな?

 こっちの世界でも同じ植物なのだろうか?

 根本的なところだが、これは誰かに聞いてみよう。そのくらいは・・・こたえてくれるだろう。


 さて、この吐瀉物だが・・・


 俺は、ため息をつくと、階下へ降りた。


 階下では、店の従業員たちが朝食の用意をしていた。


 ああ。言い忘れていたが、ブリジッダの店には住み込みの従業員が何人もいた。

 昨日の夕食を用意したのも従業員の一人だ。つまり、エレノアを殺そうとしたやつは、この中にいる。


 名探偵のように「犯人はこの中にいます!」と言いたいのを、ぐっと我慢して、雑巾とゴミ袋を貰おうとしたら、怪訝な顔で木で出来たバケツを渡された。

 なるほど、ビニール袋があるわけないな。


 自分の部屋の掃除を済ませると、再び1階へ降りる。


 二階の自室、と言っても、つまりは従業員達の部屋の一つに過ぎない。

 まあ、他の従業員は二人で一部屋を使っているが、俺は一人で使っているくらいの違いはあるがな。


 まあ、そんなことはどうでもいい。


 朝食を食べるか、と聞かれたが、俺は静かに首を横に振った。


 テーブルの上にはスクランブルエッグが旨そうな匂いを漂わせていたし、正直、腹の虫は猛烈に食べ物を欲していたが、毒を見分けられない今、俺には安心して食えるものなどないのだ。


 ブリジッダの姿は無かった。


 昨日の夕食、ブリジッダはテーブルを共にした。

 まさか、ブリジッダも毒を盛られて・・・なんてことはないよな?


 尋ねてみれば「奥様は、いつもパンだけ召し上がって出掛けてしまわれるのです。今朝もお出かけに慣れた後ですよ」と言われた。


 そうか。

 無事なら、それでいい。


「私も少し出掛けます」

 そう言って、店を出ようとしたら、部屋の片隅に、あの剣が置かれているのを見つけた。


 エレノアバスターだ。


 護身用に持っていくことにしよう。

 エレノアバスターを布に巻いたまま背負うと、俺はクローバーを探しに店を後にした。

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