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ブリジッダ・スカーハウス

 その夜、夢を見た。


 俺は、どっちかというと、コミュ障だった。

 

 社会生活が出来ないわけではなかった。就職氷河期にフリーターになって、苦労して正社員になった。それから10年。ようやく昇進をして、何人かの部下を持った途端、部下の反発から評価はダダ下がり。

 部下とのコミュニケーションが取れていない、と上司から責められた。


 たぶん、協力して何かをすることが苦手なんだと思う。

 空気を読むのも苦手だし、人を褒めるのも苦手だ。


 ブラックなのが当たり前の時代に就職したわけでもなければ、何かあればパワハラだ、セクハラだ、と言っておけば主張が通るほどイージーな時代に就職したわけでもない。氷河期に就職期を迎えた俺は、いつまで経っても過渡期、どっちつかずに迷い続ける世代なんだろう。


 あの制服姿の少女を助けようと、トラックの前に走り出した時。


 俺は、精神疲労から休職していた。

 まさに、病院から出て、家に、一人暮らしの部屋に帰る途中だった。




 目が覚めた。


 辺りを見回し、そこが、何も無い部屋だと気付く。そして、昨日のことを思い出した。


 自分の両手。

 小さな、白い手。切り裂かれた外套。破れて、汚れたドレス。


 そうだった。

 俺は、少女に転生したんだったな・・・。



 板張りのベッドから起き上がる。


 少し首や肩が痛い。


 けれど、前世の事を思えば、大したことではない。

 若い体だからかな?


 小さな窓から光が差し込んでいた。


 外は天気がいいらしい。

 何処かで小鳥のさえずる音も聞こえてくる。


 清々しいじゃないか。


「ドナ?」

 誰もいない独房のような部屋で、俺はピクシーの名前を呼んだ。

「なに?」

 ドナが空中に現れた。

「エレノアの家族構成について教えてくれないか?」

「・・・面倒だわね」

「面倒?」

「ええ。面倒だわ。だって複雑なのよ。エレノアの父親、ヴァランタン・ディ・モンペリア伯爵は、正妻以外に6人の妾を娶ったのよ。ひどい女たらしで、権力を傘にしてね。正式な妾以外にも女中から酒場の女まで、節操が無いわ。しかも子供が出来ると対応が冷たくなるという始末でね。6人の妾に、6人の子供がいたけど、その中で生き残っているのはエレノアと、もう一人だけね。」

「・・・殺されたのか?」

「自然死ね、表向きは。子供は死にやすいし。まあ、そんなもんでしょ。ヴァランタンの正妻であるクレマンティーヌとの間には二人の子がいるわ。二人とも存命ね。長男は42歳だわね」

「・・・ちなみに、父親ってのは、何歳なんだ?」

「ヴァランタンは62歳、クレマンティーヌは64歳よ」

「そうか・・・。生きているっていう、もう一人の子ってのは、どんな人なんだ?」

「エミールという名前の男性よ。24歳になるわね。ああ、そうそう、彼はフロンティニャンで暮らしているわ。たぶん、彼か、彼の母親がエレノアの身元確認に来るはずだわ」

「へえ・・・エミールか。そいつは味方なのか・・・それとも敵なのかな?」

「さあね。それはあなたの態度次第じゃないかしら?」


 ドナは、用事は終わった、とばかりに姿を消した。

 どうやら、誰かが部屋にやってきたようだ。


 ノックが響き、ドアが開かれた。


「一緒に来てもらえるだろうか?」

 昨夜の兵士とも違う別の兵士が、俺の手を引き暗い廊下を歩いていく。

 砦の中なのだろうか。

 壁は石造り。明かり取りに開いた小さな窓がいくつか。外を眺められる高さでもないが。これには、二つ理由がある。

 一つ。おそらく、敵襲の際に攻撃をするための窓として機能するんだろう。

 二つ。エレノアの背が低く、窓から外を覗けない。


 兵士に手を引かれて実感したが、俺、エレノアは子供だった。

 兵士の手は大きく、力も強い。力では逆らえない強さを感じた。それに、自分の歩幅が小さく、転ばないように着いて行くには小走りにならないといけなかった。

 俺は・・・子供なんだ・・・。


 足を縺れさせながら、ついて行くと、少し立派なドアの前で立ち止まった。



 その部屋は、少し豪華な家具が置かれ、部屋の中央にはゆったりしたソファが対面になっていた。

「まあ・・・」

 ソファから立ち上がり、1歩踏み出したのは、中年の女性だった。みなりは派手ではないが、仕立ては良さげな服を着ていた。こちらの常識はまだわからないものの、なんとなく貴族というよりも、商人のような雰囲気を感じた。

「エレノア、久しぶりだわね。本当に、怪我はないの?とても・・・無事には見えない姿だわ」


 彼女の名は、ブリジッダ・スカーハウス。

 この街。フロンティニャンで商店を経営している、らしい。


 彼女は、母親のいないエレノアの事を気にかけていた。実際、エレノアが赤ん坊だった頃、数か月にわたって面倒を見たのも彼女、ブリジッダだったらしい。

 というのも、ブリジッダはモンペリア家を出て久しく、フロンティニャンで商店を開いて20年になる。

 エレノアの母親は、まさに昨日、エレノアが襲われた場所の近くで殺害された。

 その時、侍女のハンナは命辛々、盗賊の追撃を逃れフロンティニャンへたどり着いたのだった。そのハンナに手を差し伸ばしたのがブリジッダだったというわけだ。

 そんな縁で、時折、エレノアに会いに来ることがあったんだそうだ。


 ブリジッダは、聞きもしないのに俺に説明してくれた。

 話の内容は、おおまかにその通りらしい。後でドナに確かめたからな。


 最初、怪訝そうな俺の顔を見て、ブリジッダは訝しげだったが、何も言わない俺の様子をみて、一人で納得したようだった。

「どうやら記憶を失っているようね」

 ブリジッダがため息をつく。

「あの、俺・・・いえ、私は・・・」

「わかるわ。大変な目に遭ったのよね。ショックで記憶を思い出せないのでしょう?大丈夫よ、私に任せなさい。とにかく、うちにいらっしゃい。あなた、まるで加護の色が無くなっているわ」

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