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フロンティニャン

太陽が地平線に沈み始め、空が真っ赤に染まる頃。

俺は、一軒の農家に辿り着いた。


ドナが、最寄りの集落を「尋ねられなかったから言わなかった」という理由でスルーしたため、俺はフロンティニャンの外縁地域まで歩くことになった。

 まったく、なんだろうか、このピクシーは。

 助けたいのか、嫌がらせをしたいのか・・・。

「死なない程度に嫌がらせしてるから、安心して?」

 こっちの考えていることを見透かしたしたように答えやがった。

「く・・・文句を言う気力もねえ・・・」


 かなり体力を使い果たしていた。


 ドナによれば、エレノアは7歳と3ヶ月。つまり日本人の感覚で言えば小学2年生だ。

 そんな子供が、10キロ以上の距離を歩いたのだ。

 しかも、その10キロは舗装されたアスファルトなんかではない。というか、10キロは直線距離で、実際の歩行距離じゃない。

 というか、一部は道ですらない。

 そして、その道ではないアスレチックには、戦闘あり、魔法の練習あり、水を飲むための迂回あり・・・結局、何キロ歩いたのかわからん。


 とにかく、その農家に辿り着いた時には、俺はフラフラだった。


 農家から出てきたのは、若い農夫で、茶色く変色した血でグチャグチャに固まった髪、刃物で切り裂かれた外套、という薄汚れた姿のエレノアを見て、ぎょっと驚いたものの、俺が名前を名乗ると、とにかく中へ、と家に入れてくれた。


 俺が、盗賊に襲われ、辛くも逃げてきた、と伝えると、農夫は妻らしい女に警備隊に連絡する、と言付けして家を出て行った。

 農夫の妻は、痩せた女だった。

 けれど、決して振りだけでは無く、俺に親切にしてくれた。

 体の汚れを拭くための水を用意してくれたり、体の怪我の様子を見たりしてくれるだけでなく、何故か俺に傷が無いことを確認した後は、自分達のベッドを使うように言ってくれた。

 けれど、さすがに水で流した程度では、血まみれ、泥まみれの髪は綺麗にならなかったし、替えの服も無いから遠慮した。


 農家に辿り着いたあたりで、いつの間にかドナは姿を消していた。いちおう、ここまで付き合ってくれたのだから、感謝はするべきか。

 けれど、何も言わずにいなくなることは無いのに・・・。


 そんなことを考えていると、外が騒がしくなった。


 やってきたのは警備隊で、すぐに俺を城門の中へ連れて行った。

 警備隊の兵士達は、エレノアの姿を見て最初は疑っていたが、外套の生地が上質なものであることや、ボロボロになってしまっているものの、エレノアの着ているものが仕立ての良いドレスだったため、とにかく身元確認をしようということになったらしい。


 正直、もう歩くのは嫌だったが、我慢して歩いた。

 その頃には日が暮れており、松明の焚かれた城門は黒くそびえたち、俺は不安を感じた。城門など、俺は本物を見たことは無かったからな。

 そこが、俺の知らない世界なのだ、とまざまざと思い出せてくれたからだ。


 神聖アゼリア帝国、南部の街フロンティニャン。


 城門をくぐった、すぐの場所に警備隊の詰め所があり、そこには待機室があった。


 あとで知ったことだが、その待機室にもいくつかのランクがあり、罪人を泊め置く場所、いわば留置場のようなところから、国外のVIPを通すための書類などをやり取りする豪華な部屋まであるそうだ。

 俺が通されたのは、まあ、質素な小部屋だった。

 板張りのベッドが一つ、小さな机と椅子が2つ。窓は小さく、鉄格子が嵌められている。


 留置所じゃねえか。


 だが、どうやら、日本とは常識が違うらしく、それは留置所ではなく、一般人用の控室らしい。何か問題のある商人とか、少し胡散臭い旅人なんかを一時的に留め置く部屋なんだそうだ。


 何が違うのかわからんけど。


 机の上には蝋燭が1本。

 火は灯されていなかった。


 真っ暗な部屋には小さな窓から月明かりが差し込む。


 俺は一人で部屋にいた。


 警備隊の兵士達の勤務時間は終わり、夜警に引き継いでおく、と言って出て行ったきり。蝋燭に火を灯してくれさえしなかった。


「まあ、いいんだがね」


 俺は、魔法を使って左手の上に炎を作った。それでそうっと蝋燭に点火した。


 暗闇の中、小さく灯った蝋燭は、部屋の中を照らし出した。


 こんなもので、随分と安心感が変わるものなのだな。


 無機質で人の気配さえない暗がりの中で、確かに人の手で作られた蝋燭が、小さな希望のように光を投げかける。


 板張りのベッドに腰を掛けた。

 そこには、申し訳程度のシーツはあったが、マットレスは無かった。本当にただの木の板だけだった。


「寝られるかよ、こんなの・・・」


 せめて藁が敷いてあるとか、そういうのさえない。


 でも背に腹は代えられない。

 とにかく横になると、すぐに眠気がやってきて俺は眠りに落ちて行った。


 どのくらい時間が経っただろう。


 部屋のドアが開き、俺ははっとして飛び起きた。


「お、起きていたのか・・・?」


 驚いた顔で男が言った。

「飯だ。不味いが温かい。腹、減ってるだろ?」

 そう言うと、皿を机の上に置いた。それからポケットから小さなパンを取り出し、そのそばに置く。

「じゃあ、飯を食ったら寝ておけ。もう夜だからな。身元確認は明日の朝だ」

「明日の朝?俺・・・いや、私は盗賊に襲われたのだぞ?いいのか?盗賊に襲われたのは領主の馬車だ。捜索には行かないのか?」

 男は首を振った。

「距離が離れすぎているからな。あの辺りは警備隊の管轄外だ。もちろん、俺達夜警の管轄でもない。明日、捜索隊が編成されるだろう」

 そう言うと男は、ふっと笑った。

「尊大な口の利き方をする。本当に領主の娘らしいな。しかし、よく一人だけ生き残ったものだ。聞きたいことは、いろいろあるが・・・まあ、今夜は寝ておけ。夜は休む時だ。俺達も、盗賊も、だ。日が昇ったら話を聞かせてくれればいい」

 そう告げると、男は出て行った。


 俺は、椅子に座る。

 それから、湯気を立てている皿を覗き込んだ。


 あまり匂いはしないな・・・。お湯のような見た目のスープだ。というか、お湯なんじゃないだろうな?申し訳程度の野菜の切りくずのようなものと、カップヌードルの謎肉のような物が浮かんでいる。


 一口すすってみる。


 あ、カップラーメンの麺を食べた後の残り汁をうすーく薄めたみたいな味だ。

 うまくはない。けれど、確かに温かく、体の中に染みわたっていく。


 幸いなことに、夜になっても寒くはない。

 季節は初夏といった感じだろうか。けれど、歩き疲れた俺には、こんな屑スープでもおいしく感じられた。

 さっきの男のポケットから出てきたパンを齧る。


 日本でなら、決して食べなかっただろう。


 だって、他人のポケットから出てきたパンだ。

 しかも、異常に固い。あまりに固いものだから、スープに漬けてふやかしながら食べたくらいだ。


 食べ物を口にしたおかげで、少し落ち着いた。


 部屋の中は相変わらず殺風景で、窓の外も見ることが出来ないが・・・。


 もう一度ベッドに横になる。ただの板の上だがな。


 しばらく天井を眺めていたら、ふっと蝋燭の明かりが消えた。

 だいぶ暗闇に慣れてきた目で見れば、蝋燭は燃え尽きたところだった。


「今、何時くらいかな・・・」

 ひとり呟いた。

「9時過ぎよ」

 ふわっと金色の明かりが部屋の中に現れた。

「・・・ドナ」

「なに?呼んだから出てきただけ。他に用がないなら帰りたいわね」

「いや、今まで何処に行っていたんだ?」

「はあ?他の人間に見られるわけにはいかないでしょう?姿を消していただけよ。何処にも行っていないわよ。わたしは、あんたが『もういい』というか、3日が過ぎるまでは離れられないのよ。だから、早く言ってちょうだい?もういいって」

「いや、まだよくない」

「・・・うじむし・・・」

 そう言い残してドナは再び姿を消した。

 同時に部屋の明かりも消える。

「ふ、ふふ」

 笑いが込み上げてきた。蝋燭なんかいらなかったな。このピクシーがいれば。


 まあ、いい。


 今は休息を取ろう。

 体力は、本当に限界だった。

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