死と再生
思考が停止した。
ファイヤーボールを敵に撃ち込め、だと?
頭の中では、リアルに想像出来る。自分の手の平から撃ち出されたピンポン玉サイズのファイヤーボールが敵にの体の真ん中に命中し、そこにめり込んでいく。
イメージの中でのファイヤーボールは、溶けかけた鉄の玉。
それが人体にぶつかるのだ。
ただでは済まない。
十中八九、人の命を奪うだろう。
「無理だ・・・」
俺は誰に言うとも無くつぶやいた。
「はあ?何言ってるの?あんた。やらなきゃ、殺やられるのよ?敵の目的はあんたの命、ただそれだけなんだから」
「わかっている。だが、だからと言って、俺が人を殺すっていうのは・・・」
「何を言ってるの?死んでもいいわけ?」
ドナが言い終わらないうちに、敵は姿を現した。
そいつは、グレーの服に、埃まみれのマントを羽織り、腰には剣を携えていた。
そいつの目は血走っていて、走ってきたのだろう、息を切らし、肩を震わせていた。
「お前!」
俺の姿、少女のエレノアの姿を認めると、躊躇いも無く腰の剣を抜き放ち「うぉおお!」と雄たけびを上げた。
「な、待て!話せばわかる!」
俺は、弾かれたように走り出した。
もちろん、敵とは逆方向にだ。
「何が、話せばわかる、よ。わかるわけないでしょう?馬鹿なの?うじむし」
「う、うるせえ、うじむしって言うな!」
足は思ったようには動かない。
少女の足は、か細く、そして地面は凹凸だらけで・・・
「きゃあっ!」
自分でも不思議だった。俺は、きゃあ、とか言いながら、見事に転げたのだった。
なんで今、きゃあ、とか言った?
思考が停止していた。
膝が痛かった。ひじも、手のひらも。
「ううっ」
まるで少女のような声を上げ、俺は体を起こす。
そして・・・顔を上げた先には、さっきの盗賊の男の姿があった。
太陽の光を遮り、そいつは、俺の目の前に立っていた。
「悪いな」
男は、ただ、そう一言つぶやくと、剣を振り下ろした。
剣は肩から胸を切り裂き、反対側へと振り抜かれた。
その瞬間、ほんの少し遅れて、その痛みが、まるで熱のように噴き出した。
目の前が真っ赤に染まる。
それが自分の体から噴き出した血だと認識するころには、もはや思考能力は残っていなかった。
俺は、死んだ。
死んだはずだった。
気が付くと、地面が見えた。
目を開く。
痛みは感じない。
「え?」
反射的に両手で体を起こす。
あっさりと体を起こし、斬られたはずの胸を見る。
血だらけだ。外套と一緒に破れたドレスは切り裂かれて、血まみれになっていた。
ドレスだけじゃない。
両手も血だらけだ。真っ赤に染まっているのは辺り一面。
自分の流した血が、辺り一面を真っ赤に染めていた。
「うおおお!」
俺は全身のアドレナリンが沸騰するのを感じていた。
お、俺を、俺を、殺そうとしたな!
無抵抗の、年端も行かない少女なのに!
何も悪いことなどしていない。この少女も、この俺も。
何故だ?
いきなり斬り付けるなんて、理不尽過ぎる!
片膝をついて体を起こす。
「何処へ、行った・・・」
そいつの姿はすぐに視界に飛び込んできた。ほんの数歩先に、そいつはいた。
やつは俺に背をむけて、剣についた血を草で拭っていたのだ。
「・・・ざけるなよ、この野郎」
左手を突き出す。
魔力を感じる。
体の芯から、アドレナリンとともに放出されてくる魔力が手のひらの上で炎の塊となる。
何かに気付いたのだろう、あのクソ野郎が振り向き、その目が大きく見開かれた。
「ファイヤーボール!」
ピンポン玉ぐらいの炎の塊が、そいつに向かって飛び出していく。
「が!」
ファイヤーボールは、だがしかし、イメージとは異なり、やつの体に風穴を開けるようなことはなかった。だがしかし、高温のエネルギー体であるファイヤーボールは、男の服に燃え移り、そして瞬く間に燃え広がった。
男は慌てて火を消そうとし、俺は、逆上してもう一発のファイヤーボールを撃ち放った。
その後の事は、思い出したくない。
敵は焼け死んだ、とだけ記しておく。
辺りには、服と肉の焼けた嫌な臭いが漂っていた。
俺は呆然と、その一部始終を見ていた。
初めて、人の命を奪った。
自分の命を奪われかけた直後、に。
殺さなければ殺される、と俺は・・・理解した。
ここは、日本ではない。
そして、この娘は・・・。俺の体となった少女、エレノアは、殺される理由がある少女なのだ。
それが、エレノアのせいではないとしても。
生き延びたいなら、俺は、これからも、敵を殺さなければならない。
ファイヤーボールは、弾丸では無かった。
それは、炎の塊、火炎瓶のようなものだ。打撃力は弱い。だが、敵を炎に包めば攻撃力を削ぐことが出来る。
かなり、グロいが・・・。
そこに横たわるのは、真っ黒に焼け焦げた死体だった。
「ねえ、あんた。気分はどう?また死んだみたいだけど?」
「・・・最悪だ・・・」
「神様が、不死効果を付与してなかったら終わってたわよ?」
「不死・・・効果・・・?」
「あれ?聞いてなかった?エレノアを再生する際に、過剰な治癒をしてしまったために、不死効果が残っているのよ。怪我は瞬時に治るのよ。良かったわね?死なずに済んで」
「そう言われれば、そんなことを言われような気もするが・・・」
「けど、気を付けてね。長くて半年くらいしか効果は続かないから。出来るだけ死なないようにした方がいいわよ?」
「・・・ああ。肝に銘じておく。それに、次からは躊躇わない」
「そうね。その方がいいと思うわよ?」
「ああ。それと、やっぱり力が欲しい。少しでも強くならないと・・・」
「なら、その男からアビリティー・ドレーンすればいいんじゃない?」
「・・・ん?」
「そいつに跨って、能力を奪うのよ。人間は、長ったらしい詠唱をするらしいけど、あんたみたいな異世界人ならイメージだけでやれると思うわ。そいつの持っていた能力、そして残っている魔力を奪い取ることが出来る魔法よ」
「・・・それ・・・秘密とか言っていたやつじゃ・・・」
ドナは、一瞬だけ不思議そうな顔をし、そしてたちまち狼狽した。
「え?あ、何?あ。まずい・・・つい・・・し、仕方ないでしょ?さ、最近は人間と話すことなんて無くて・・・こ、これは人間には言わない方がいいと・・・。けど、私達ピクシーにとっては当たり前のことで・・・」
「つまり、俺は・・・あの、黒焦げに跨って、能力を奪おうと念じればいいんだな?」
「あ、え、違う・・・いや、違わないけど・・・ああ!もう!」
ドナは両目を閉じた。
「私は見ていない。これ以上は言わない。勝手にやればいい。それで出来なくても何も教えない。あと、それ、最初はなんか少し痛いらしいから。あと、すごく変な感じがするけど、べ、別に・・・まあ、こつは、そうね、人間の体にはいくつか穴があるでしょう?そこから能力を吸い取るから、まあ、選ぶことね、口でも鼻でもいいけど、その黒焦げにキスするのは嫌でしょうから・・・まあ、ヘソとか、尻にしておくのを勧めるわ・・・」
教えない、とか言いながら、結局説明してるよな、このピクシーは。
だが、聞いたことはしっかりと頭に叩き込んだ。
つまり跨るっていうのも、そういうことか。まあ、物理的に何かが入ってくるわけでもない。魔力は何処かの穴から出てきているわけでもない。なのに、能力を吸い取るのは物理的に開いている必要があるのか。
それも胡散臭い話だがな・・・。
だが、これは命に関わることだ。
しかし・・・それ以前に・・・あ、あの黒焦げの死体に触るってことだよな・・・