魔法
とにかくだ。
その後も根掘り葉掘り聞いた話では、さすがに表立って貴族の娘を殺すわけにはいかず、郊外での移動時に盗賊に襲わせるという方法で、エレノアを亡き者にしようとした、そうだ。
ところで、最重要の案件が残っている。
「なあ、ピクシー?」
「・・・ちょっと、ちゃんと名前で呼んでくださいませんか?この変態蛆虫野郎」
「・・・うじむしって・・・」
話が進まねえ・・・。
「あら?ちょっと本音が出てしまいましたわ。あなたは、かわいそうな少女の体を乗っ取った、中年オヤジじゃありませんか?薄汚い魂が少女の中に蠢いて・・・う、吐きそう」
「蠢いていて悪かったな。くそ、乗っ取ったって言われてもな・・・俺が選んだわけじゃねえんだ・・・。名前で呼ばなかったのは謝る。すまん。悪かった。ドナ、だったよな?教えて欲しいことがある」
「・・・ふん。なんですの?」
「俺は魔法が使えるってことだが、どうすればいいんだ?」
ドナは、俺の目の前で目をパチクリさせて首を傾げた。
「どうって・・・魔法の使い方も知らないんですか?この蛆虫は」
「・・・さっきからうじむし、うじむしと・・・いや、今はそんな事どうでもいい。頼む、教えてくれ。俺は魔法の無い世界から来たんだ。ドナ、お前だけが頼りなんだ。どうか教えてください」
「う、なんか名前で呼ばれるのも気分が悪いわね・・・まあ、いいわ。教えてあげます」
そう言うとドナは、手に持った小さなステッキのようなものをクルッと回した。
金の粉が舞う。それは空中で溶けて消えていく。
「この金の粉が魔力。あ、ピクシーの魔力だけが金色に輝くのよ。あんた達、人間の魔力は目には見えないわね。ふふん」
「お、おう」
なんで得意そうなんだ、この妖精は。
「さっきから見えていると思うけど、私の周りには金の粉が漂っているでしょう?」
日の光に輝いているのか、それとも発光しているのか、その辺はわからんが、ドナの周りには金色に輝く粉が見える。
「・・・鱗粉みたいなやつだよな?」
「・・・おい、蛆虫。私を蛾と同じみたいに言うな。怒るぞ?」
「あ!いや、その、すまん、謝る!謝る!だから、ほら、俺は異世界人だから!妖精なんて見たこと無くて、いい例えが浮かばなかっただけなんだ!申し訳ございません!」
俺は慌てて頭を下げる。地面に膝をつき、懇願した。
「だから許してください。魔法の使い方を教えてください」
「・・・次に何か失礼なことを言ったら、私、帰るから」
ピクシー、ドナは露骨に嫌な顔をすると、俺に立ち上がって片手を出すように言った。
「魔力は体の中心から常に周辺に湧き出すように漂っているの。私の周りに金色の粉が待っているように見えるでしょう?あなたの魔力も、目には見えないけど同じように湧き出しているの。けれど、人間の魔力は無色透明で見えないから、まずは自分の魔力を感じ取ることから始めないといけないのよ」
『魔力は左手から』という諺があるんだそうだ。左手を突き出し、手のひらを上に向ける。そこに体の中心から流れ出る魔力を感じろ、とドナは言う。
「魔法はイメージが重要、ってやつか」
俺は目を閉じ、左手を前に出すと、その上に小さな炎の塊を作り上げるイメージを思い浮かべた。
すると、腹の上の方が、ぽうっと温かくなり、ムズムズとした感触が胸を伝わり、左手へと伝わっていくのを感じた。
ドナが息を飲むのが聞こえた。
俺はそっと目を開けた。
自分の左手、改めて見れば、小さな白い子供の手だ、そこに、炎の塊が浮かんでいた。ちょうど手の平から10センチくらいの所に浮かんでいる。不思議と熱くはない。
「あんた、魔法を知らないなんて嘘でしょう?そんなに簡単に出来るわけがないわよ」
ピンポン玉くらいの炎の塊を見ながら、ふうっとため息をつく。
「イメージはあったんだ。魔法を使うイメージなら、もう飽きるほど見てきたからな」
今度はドナがため息をつく。
「なるほどね。聖女が異世界から来る理由がわかるわね・・・。とにかく、それが分かったんなら、もう言うことは無いわ。イメージさえすれば、それはどうにでもコントロール出来るはずよ」
俺は、炎の塊を飛ばすイメージをする。ちょうど、すぐ先に小川が流れている。そこへ飛ばす・・・
「ファイヤーボール!」
口に出したのと、炎が飛ぶのは同時だった。それは、イメージ通りにひゅうっと音を立てて小川に向かって飛び、水に触れると同時に「シュバーッ」っと大袈裟な蒸気を噴き上げた。
「お見事!」
ドナが感情の籠らない声で言った。
「なるほど、魔法というのはこうやって使うのか・・・。ところで、ファイヤーボール以外の物も使えるのかな?」
ドナは再びため息をついた。
「使えないわよ。普通、人間は1種類の魔法しか使えない。ファイヤーボールってのが何なのか知らないけど、あんたは炎系の魔法しか使えない。まあ、アビリティー・ドレーンでもすれば別だけど」
「アビリティー・ドレーン?」
「ええ。誰かから能力を奪うことよ・・・って、あ、これ、しゃべっちゃいけないやつだった」
「え?」
「何でもない、何でもない。人間は一系統の魔法しか使えない。以上!」
「いや、言いかけたなら教えてくれよ」
「無理。忘れなさい」
「忘れられねえし・・・」
「忘れないというなら、私が強制的に忘れさせるわよ」
「・・・忘却の魔法とかあるのか・・・?」
「・・・あ、あるわよ!あ、あの辺の大きさの石なんかが丁度よく・・・」
「いや、それ、死ぬやつだから。やべえ、やべえって。どうみてもこの体、子供だろう?そんなでかい石で殴られたら記憶飛ばすどころじゃねえから」
「じゃあ、もうさっきの話は聞かないことね」
「う、わかった。じゃあ、魔法の強化についてだ。どうやったら、魔法は強く出来るんだ?」
「練習すれば少しは良くなるわ。あんたの魔力では、さっきの炎の大きさが最大だわね。1日で撃てるのも、せいぜい数発でしょうし。魔力が枯渇すると、疲労感となって表れるから注意したほうがいいと思うわよ」
「練習か・・・他には無いのか?経験値を貯めるとか、そういうのは」
「経験値?なにそれ?聞いたこと無いけど?」
「そうか・・・」
「でも、まあ、アビリティー・ドレーンで魔力を取り込めば・・・あ、いや、言っちゃダメなやつだった・・・。聞いてた?聞いてないわよね?」
「・・・あの、本当は話したいんじゃないよな?」
「く、口が滑っただけよ。話してはいけない決まりになっているのよ。人間界に余計な混乱と争いを招くことになるから・・・」
「混乱と争い?なんだよ、それは」
「それは・・・あ、ほら、話は終わり、ほらほら、気を付けて。なんか向こうからヤバいやつが追って来たみたいよ」
俺は慌てて振り返る。何も見えない。そこには、広がる牧草地と、続く砂利道しかない。
「何が来るって言うんだよ?」
「盗賊よ。大方、襲った馬車に何かを取りに来たやつらが、あんたの姿が無いことに気付いて追って来たんでしょうね」
「な、おいおい、待てよ。逃げなきゃ、逃げなきゃ・・・」
ドナが鼻で笑い始めた。
「何処へ?こんなだだっ広い牧草地、何処に隠れるつもり?」
「いや、だけど、こんな・・・」
慌てて周りを見回す。確かに何処にも隠れられそうな場所は無い。だが、今の俺は子供だ。しかも少女で、筋力なんてものは欠片も無さそうな華奢な娘だ。武器も、無い。
まあ、あっても奪われて余計に不利になるだけだろうが・・・。
「あはは。何を慌てているのよ?この蛆虫。戦いなさいよ?さっきの魔法、なんのためにあるのよ?せいぜい足掻けばいいでしょう?ファイヤーボールとか言ったかしら?あれは中々いいセンスだったわ。あれを、敵に撃ち込めばいいわ!」